ファイナンス 2024年12月号 No.709
96/110

連載PRI Open Campusると当時予想していた人は誰もいなかったと思います。1990年代の中国の成長速度を目の当たりにし、これはしっかりみておかないといけないと感じました。そこで本来3年の任期を延長して4年間現地で過ごし、さらに日本に帰国してからも予算の仕事の傍ら個人的に中国経済をウォッチし続けました。中国の政治外交については古くから専門家がいましたが、中国経済を研究している人は当時そう多くいませんでした。ですから、霞が関の中で継続的に中国経済をウォッチする人間が一人くらいいてもいいのではと考え、研究を続けてきました。千葉:中国経済を研究する面白さ、印象的なエピソードを教えてください。田中:経済と政治が常に不可分である点が、中国経済の最大の特徴であると同時に面白さであると感じています。特に印象的であったエピソードを一つご紹介します。2002年から始まった胡錦濤政権時代、当時は成長率10%を超える凄まじい発展が続いていた時期でしたが、上海を中心地として、不動産に対する過剰投資が行われていた時期でもありました。胡錦濤総書記、温家宝総理、中国人民銀行は早期の金融引締めを行い不動産市場の過熱を抑え込みたい意向であったのに対し、上海市の党委員会書記(陳良宇)がそのような措置は発展の芽を摘み、かえって経済悪化を招くだろうと猛反対し、国家統計局長も同調していました。結局のところ、大きな意見対立が続く中、引き締め政策は打たれぬまま不動産市場は過熱を続け、結果的にインフレ状態にも陥りました。2006年に上海市の党委員会書記自らが不動産投機を行っていたことが発覚し逮捕されたのに続き、数日後には国家統計局長も不正な不動産投機に関与していたことが判明し逮捕されました。国益よりも私益を優先した、党・政府要職の地位にある二人の不正が明らかになったのです。このように、中国経済を巡る動きに政治の世界が絡み合っていることが多くあります。内政ばかりに囚われ、過度に政権内の権力闘争論や陰謀論等に注目することもバイアスがかかり良くありませんが、政経不可分であるという特徴は習近平体制においてはより色濃く出ていることも事実であり、政治面の研究を深めることは不可欠です。そのため本特集でも政治・経済各分野の専門家に執筆をいただいています。千葉:中国研究を開始されてから現在に至るまでの中国の経済情勢の変遷について所見をお聞かせください。また、日本経済の歩みとの比較で、今後の中国経済の展望をどのようにご覧になっていますでしょうか。田中:中国経済は目まぐるしく成長し、経済の規模では日本経済を追い越して発展してきたわけですが、その発展構造は日本と似ている点があると考えています。中国の高度成長は政府のコントロールが強い点で、行政指導が強かった日本の高度経済成長期と共通しています。また、その後成長が安定し少子高齢化リスクが浮上してきていることも、日本の1980年代の課題と共通します。そして、今後日本のようなバブルの生成・崩壊が起こるリスクもあると考えています。中国が既に経験した住宅バブルと日本のバブルは性質が異なります。日本のバブルは、オフィスビルを中心に大規模な都市再開発を行った結果発生し、金融の自由化・国際化の流れを受けて一気に加速しました。一方、中国は、富裕層向けの高級マンション建設が中心でこれまでは再開発ブームは起きていませんでした。しかし今後、大規模な都市更新を予定していますので、日本の歴史から学んだことをどう生かせるか試される局面と言えます。このように中国は時代こそずれているものの、日本が辿ってきたものと似た道を辿り、日本が直面してきたものと似たリスクを抱えているのです。しかし、日本経済は1980年代、アメリカの一部産業を凌駕するレベルに達しましたが、その後バブルを経て方向性を見失い、更には情報化・デジタル化の大きな波に乗り遅れてしまいました。その点、中国は情報化・デジタル化の大きな波に乗り、米国と先端産業の覇権を巡り競い合っています。我々日本が経済停滞からの脱却を 92 ファイナンス 2024 Dec.

元のページ  ../index.html#96

このブックを見る