ファイナンス 2024年12月号 No.709
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連載PRI Open Campus 年間の変遷への所感*2) 2019年4月、中国社会科学院は、「全国都市企業従業員基本年金」の2019年から2050年の収支状況を試算し、高齢化に伴う支出増が収入増を上回り、2035年に年金が枯渇する旨発表した。ないと思いますが、供給サイドの構造改革は5年から10年を要するものがあるなど、効果が出るまでに時間がかかるものです。有効需要が不足する状況を放置すれば、若年者を中心した失業者の増加が、社会不安を招き、中長期の発展どころか足元が揺らいでしまう可能性もあります。もっとも、本年9月末の党中央政治局会議等で発表された景気刺激策からは、需要サイドもテコ入れしなければならないと従来の政策の方向性からやや変化が見られています。金融緩和には既に踏み切っており、財政政策でも恐らくこれから超長期の特別国債や地方政府の特別債の追加発行を伴う刺激策が打ち出されると予想しています。ただし、中国経済は改革開放以降最大の困難に直面しているため、単なるバラマキではない、真に必要とする支出を見極める政策が求められています。田畠:中国では少子高齢化の問題を抱える中、年金をはじめとする社会保障制度は日本と比較するとまだ整備されていない印象がありますが、いかがでしょうか。田中:中国において、年金制度の見直しは喫緊の課題です。2020年代後半には大量の退職者への支給増に伴い、慢性的な赤字状態になると言われています。当面は取り崩した積立金を充てるとしても、2030年代半ばには積立金も枯渇するとされています*2。少子高齢化が進展する中国においても、持続可能な制度設計となるよう保険料の引上げの他、支給年齢、支給額、支給期間等について、総合的な見直しが必要な状況です。その対応策の一つが、2025年1月から段階的に実施される定年延長ですが、若年者の失業率増加、出生率低下というリスクを抱え、一筋縄ではいかない難しさがあります。前者に関しては、足下で若年者の失業率が低迷する中で退職年齢の延長を行うと、若年者の採用枠の減少が懸念されます。後者に関しては、中国では、現在、女性の退職年齢は50歳であり、共働き世帯の子育ては定年退職した母親(祖母)が子供(孫)を預かって面倒を見る文化が定着しています。退職年齢延長によって母親の助けを得られず、結果的に仕事と育児の両立が困難になる若い世代が増える可能性があります。このように、定年延長を実現するためには、若い世代の雇用の安定を確保するとともに、きめ細やかな保育サービスを充実させる政策を組み合わせて実行していく必要があります。加えて、年金財源に充てるため、政府が保有する国有企業の株式を(年金を運営する)社会保障基金に移管させる際には、国有企業の質(ガバナンス能力や資産価値等)を向上させる改革をあわせて行うことが必要です。このように、様々な政策を総動員して対処していく難しさがあるのが、中国の社会保障問題であると考えています。千葉研究員:田中特別研究官が中国研究を始められたきっかけを教えてください。田中:1996年から4年間在中国日本大使館で中国経済の分析に従事していました。その当時の中国は、1993年に社会主義市場経済へのシフトが本格的に始まり、計画経済から市場経済への切り替えを進めるべく財政・金融制度を急ピッチで整備しなければならない局面でした。毎年制度改正があり、新しい法律が作られる、そのスピード感を肌で感じていました。さらには国有企業の債務問題や、1997年のアジア通貨危機等のリスクも存在する中、彼らはどう切り抜けていくのだろうと、そのような観点で観察をすればいくらでも興味がつきない時代でした。その後中国は様々なリスクを抱えながらも高い成長率で着々と発展していったわけですが、中国を観察していた人の中でも、わずか10数年で日本経済を追い抜く成長を見せることになPRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 384. 中国研究の面白さ、中国経済の30ファイナンス 2024 Dec. 91

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