連載セミナー 令和6年度職員トップセミナーかもしれませんが、実は少しずつ違います。昆虫は顔の違いを個別に認識する、顔認識ができるのです。コオロギは喧嘩をして負けた相手とは喧嘩をしません。個体識別ができるのです。学習能力も優れていて、景色と匂いの関係を覚え、特定の場所を周りの景色から学習するという高度な能力も持ち合わせているのです。また、たくさんのショウジョウバエを同じ場所で歩かせても、お互い譲り合って衝突することはありません。チョウが花の蜜を吸う行動はよく見かけますが、この行動が起こるためには、味覚、嗅覚、視覚、触覚など異なる種類の感覚が正しく処理される必要があるのです。わずか、1mmの脳がこのような処理を見事に行うことで初めて花の蜜を探しだす行動ができるわけです。現代の科学技術を駆使することで、このような昆虫の脳についてかなりの分析ができるようになってきました。さらには昆虫のセンサや脳を再現して、工学的に活用することで、これまで科学技術では解決できなかった課題の解決に活用する研究も進められています。カイコガ(Bombyx mori)という昆虫をご存じでしょうか。繭からシルク繊維を作る昆虫です。このカイコガのオスはメスが出す匂い(フェロモン)によって、メスを歩いて探します。飛行するガでは数km離れたメスを探すことが知られています。実はこのような遠く離れた特定の匂いを探し出すことは、現代の科学技術でも未解決の難題なのです。被災地で生き埋めになった要救助者を匂いで探すことができるのは犬くらいです。最新の科学技術を駆使しても、生物ほど感度がよくて選択性の高い匂いセンサはまだ作られていません。また、匂い源を探すアルゴリズムについても十分に性能の良いものはまだないのが現状です。なぜ匂い源の探索が難しいかというと、匂いは風で運ばれるので、その分布が時々刻々と複雑に変化するからです。周りの匂いから区別して、特定の匂いを探すことがいかに難しいかは想像に難くありません。そのような理由から、これまで特定の匂いを検出し、その発生源を探索するロボットはなかったのです。ところが、昆虫は実に見事にこの匂い源探索をしてのけるわけです。そうであるならば、昆虫の能力を明らかにして、それを活用すれば、匂い源探索ロボットを世界で初めて作ることができるかもしれないわけです。そこで、昆虫の能力をロボットに実装すれば、本当に匂い源を探索できるのかを確かめるために、昆虫が操縦するロボットを20年近く前になりますが、作ったのです。空気浮上しているボールの上にカイコガを乗せます。カイコガが歩くとボールが回転するので、その回転量を光センサで読み取れば、カイコガの動きがわかります。そこで、その光センサの値を使って、カイコガが動いたのと同じようにロボットを動かしたのです。つまりカイコガが運転する「昆虫操縦型ロボット」を作ったわけです。これは雑誌Scienceに映像が紹介されていますので、ぜひご覧いただきたいと思います(http://www.sciencemag.org/news/2017/01/watch-moth-drive-scent-controlled-car)。フェロモンが流れる環境にこのロボットを置くと、カイコガのオスと同じような動きでメスを確実に探索することがわかったのです。つまり、カイコガの匂いセンサや脳の仕組みをロボットに実装すれば、これまで科学技術を用いても解けなかった難問を解決する匂い源探索ロボットを作ることできるというわけです。そこで、昆虫の匂いセンサである触角や昆虫の脳に潜むアルゴリズムを明らかにすることになったのです。昆虫の匂いセンサは触角にあります。カイコガの触角には、0.1mmくらいの小さな毛がたくさん生えています。その毛の1本をみると、内部にメスのフェロモンに特異的に反応する匂いセンサ(フェロモン受容細胞)があります。センサの表面にはフェロモンを検出するタンパク質があり、フェロモンが結合すると、イオンの電流が流れてセンサが反応します。そしてその信号が脳に届き、匂いを探す行動が起こるわけです。このフェロモンに反応するタンパク質は他の匂いには全く反応しないので、他の匂いでは行動が起こりません。ところが、最新の遺伝子工学の技術を使うことで、例えばAの匂いに反応するタンパク質の遺伝子をフェロモンの匂いセンサに導入することで、本来フェ2. 昆虫の匂い検出・探索能力を搭載したロボット3.昆虫の匂いセンサをつくるファイナンス 2024 Dec. 85
元のページ ../index.html#89