ファイナンス 2024年12月号 No.709
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まつながゆうけい自然の価値:昆虫から学んだ見えない世界の価値幸せになれるような世界をつくりたい。仏教も同じこころではないのでしょうか」と何度も出向いて説明をさせていただきました。このとき幸運だったのは「仏教と科学」というご著書もおありの松長有慶連載セミナーご理解いただけたことです。当時90歳を迎えておられましたが、「わしが若かったら、神﨑さんと絶対やる!」とおっしゃってくれたのです。ちょうどその頃、先端研では東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターの近藤薫さんと理性と感性に係る議論を展開していたこともあり、お誘いをして高野山に同行いただきました。そして、その席で、バイオリンの演奏をいただいたのです。音楽とは素晴らしく、高野山金剛峯寺との壁はさらに低くなり、ついに1200年の壁を乗り越えることになったのです。宗教と科学は対峙するものと思われがちですが、視座の違いはあるものの、共にあらゆるものの幸せを目指すという方向性は共通しています。お互いに言葉では説明が難しい中に、感性、音楽がはいることにより、その壁の融和が図られたのです。そしてトントン拍子に連携協定を結ぶことになったのです。このようにして、1200年の歴史を持つ高野山金剛峯寺のご協力を得て、人間中心から自然中心へと視座を転回し、これから1200年後の我々のあり方を問い、それを実践するため、科学・芸術・デザイン・哲学・宗教・教育をはじめとする様々な分野に関わる人々が集い、対話を通して未来をかたちづくる「高野山会議」が始まったのです。和歌山県や高野町などの自治体とも連携を結び、「高野山会議」を1200年後まで続けていくことになったのです。第1回の高野山会議は、コロナ禍まっただなかの2021年に開かれ、今年7月には第4回が開催されました。約2,000人が参加してくれたのです。先端研ではこのような流れを加速すべく、人間中心から自然中心への視座転回を念頭に、感性・芸術・デザインの分野を設置しました。東京フィルハーモニーや東京藝大、ミラノのデザイナー、アーティストとの連携が始まり、そして、高野山会議を主宰する「先端アートデザイン」分野が動き始めたのです。次にこのような視座転回のきっかけとなった「自然の価値」について、実はこれは昆虫の世界から学ぶことになったのですが、お話しします。猊下にお目にかかり、たいへん「環境世界」というキーワードがあります。自然環境には様々な物理・化学的な信号がありますが、その中で検出できる情報は生物の種類によって大きく異なります。このような世界を「環境世界」と言います。人にももちろん「環境世界」がありますが、自然のなかのほんの一部の世界にすぎません。AIは今のところ、人の「環境世界」の情報しか使えません。知らない情報はAIには与えることはできないからです。自然界には様々な隠された価値のあることを知っているのはほかならぬ生物なのです。自然と共存した持続的な社会を構築していくうえで、私はそこに重要な鍵が潜んでいると考えています。見えない世界に新たな価値を見出す新しい価値創造です。地球上には180万種類もの生物が生息しています。ヒトはわずか1種ですが、昆虫は実に100万種以上で、全生物種の半数以上を占め、あらゆる環境で生息しています。このような昆虫と人の世界を比較することで、「見えない世界」の重要性を次に紹介します。ここで重要となるのは次の3つのキーワード、「感覚」と「時間」、そして「大きさ」の世界です。(1)感覚の世界まずは「感覚の世界」です。地球を含め宇宙は様々な物理・化学的な情報で満ち溢れていることはご存知だと思いますが、もともとは色も音も味もなかったことはご存知でしょうか? 色や味や匂いといった価値を与えたのは、実は生物なのです。生物がいなければこのような価値は存在しないのです。「環境世界」でお話ししたように、生物によって使える情報が随分変わります。我々は光を色としてみることができます。光は電磁波ですが、人は400nmから800nmくらいの波長の光を色として感じるわけです。ところがミツバチは、我々が色として見ることのできない光、例えば紫外線を色として感じることができます。 82 ファイナンス 2024 Dec.1.環境世界2.人の世界と昆虫の世界

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