ファイナンス 2024年12月号 No.709
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SPOT(「大鏡」の「宣揚殿の女御」について、帝が寵愛し、左ページ3行目から『生きての世死にての後の後の世も羽を交わせる鳥となるらむ』と歌を詠んだという。)大鏡 - 国立国会図書館デジタルコレクションみ、思いを伝える。女二の宮は、亡き夫の妹(雲居の雁)の夫だからと拒むが、夕霧が朝出ていくところを阿闍梨に見られる。阿闍梨は、母御息所に本妻(雲居の雁)のお里が「今をときめく御一族」で本妻の嫉妬を買うと忠告。驚いた母御息所は夕霧に手紙を送る。夕霧が亡き柏木の妻、女二宮に惹かれて通っていると聞き、夕霧の妻、雲居の雁は気が気でなく、夕霧宛の女二宮の母からの手紙を奪い去って隠してしまう。夕霧は、女二宮の母が亡くなると、夕霧は強引に女二宮を山荘から連れ帰ってしまうと、雲居の雁はこれ以上の侮辱を受けたくないと子供を残して実家に帰る。嫉妬は身分にかかわらないもの。「大鏡」によると、村上天皇の皇后で、藤原師輔の娘、安子には「帝も、いみじう怖じ申させたまひ」、「厄介なことでも安子が奏上することとなると、到底お断りになる事は出来ないのであった」というが、後に後宮に入った「宣耀殿の女御」と呼ばれた藤原師尹(師輔の弟)の娘芳子はると体は車に乗っても、御髪の裾は、柱の根元にあるほど長い髪で、目じりが少し下がっているのが、「一段をお可愛らしくお見えになるのを、帝はもうたいへんにおかわいがりになられて」、「生きているこの世でも死後のそのまた後の来世でも二人は双生児の鳥のように寄り添うて暮らそうね」と詠んだという。「王朝の貴族」によると、「芳子があまり天皇に気に入られたので、皇后として後宮を完全におさえ、天皇の交情もいたって密であった安子も、いささか気にならざるを得ない。度量広く、…評判がよかった安子ではあるが、嫉妬の情だけはまた別である。天皇が芳子の局に入ったことを知った安子は、隣の部屋からしきりの壁に穴をあけてのぞくと、芳子の美しい姿が目に入った。「なるほど、美しいなあ」と思ったとたんにムラムラとなって、こわれた皿のかけらを穴から投げ込んだ」という。源氏の君の最愛の人、紫の上は、大病以来、めっきり弱って病に苦しみ、出家を望むが、源氏の君はこれを許さない中、紫の上は法会を営む。法会の後、紫の上は参加した花散里に「私がこの世で営む法会はこれが最後で(もう直死んでいく身で)ございますが、それでもこの法会の功徳によって、生々世々あなたと廻り合ふようにとお約束したことはな叶えられるものと、頼もしう存じ上げてをります」と詠むと、「結びおく契りは絶えじ大方の 残り少き御法なりとも」(世間普通の、有難みの少ない法会でも功徳があるのでございますものを、ましてこのような立派な法会でお互いの間に結んでおく御縁は、後後の世まで絶えることはございますまい」(谷崎潤一郎訳)の返歌。夏になると、暑さに弱い紫の上の病状はますます悪くなり、明石の中宮は、若宮を連れて、二条の院に退出して見舞う。秋、祈祷のかいもなく、源氏の君を遺して、先立つ。源氏の君は紫の上が長い間ずっと望んでいた出家の本懐を遂げられるよう残っている僧に申し付けるよう夕霧に話す。夕霧は「あのひと眼垣間見た野分のお姿くらいはせめてもう一度拝見したいものだ。ほのかなお声さえお聞きしたことはなかったではないか。」と御簾の中に入ってみると、「死顔があまりにも可愛らしく、美しく見え」る(瀬戸内寂聴訳)。源氏の君には紫の上以外にも多くの女君がいるが、愛する人に先立たれると、他の女性に寵愛が移るわけでもないようで、「大鏡」によると、それまで村上天皇が熱心に筝を教えたりして「限りなく時めきたまふ」「宣揚殿の女御」芳子だったが、中宮安子が亡くなると、かえって甚だしく寵愛を失ったと噂がたち帝は、「『亡き中宮(安子)がひどく目障りで不愉快な女だと』思っていたので、「中宮を思い出すと相済まぬ「かたちをかしげに、うつくしうおはしけり」、車に乗 58 ファイナンス 2024 Dec.(40) 御法「絶えぬべき御法ながらぞ頼まるる世々にと結ぶ中のちぎりを」

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