SPOT (国宝 源氏物語絵巻 横笛)藤原隆能 著 ほか『源氏物語絵巻』,徳川美術館,昭11.国立国会図書館デジタルコレクション源氏物語とその世界(中)と落葉の宮は「夫が亡くなったからと云って、他人を家へ入れませうか。」(谷崎潤一郎訳)と詠む。柏木の一周忌は盛大に営まれ、夕霧は落葉の宮を、一周忌のころには特に心を込めて御見舞いする。夜更けて帰る夕霧に、落葉の宮の母御息所は、柏木の形見の横笛を贈る。夕霧は、「笛の音は昔と格別変わりませぬけれども、亡くなった人を悲しむ私の音はいつまでも尽きはしません」と詠み、夕霧が横笛を枕辺に置いて寝ると、柏木が夢に現れ、「他竹に吹き寄る風のように吹き伝えることが出来るものならば、この笛の調べを長く生命のある音楽として、わが子孫の末に伝えたいものです」(谷崎潤一郎訳)という。それは誰かとたずねようとすると、目が覚める。翌朝、夕霧は六条の院に伺候して、源氏の君に夢の話をすると「後の世に長く伝えたいと思う相手は我が子以外の誰に取り違えるはずがあろう」(瀬戸内寂聴訳)と思いながら笛を預かる。横笛と言えば、「紫式部日記」によると、道長は一条帝に当代第一の名器の横笛を贈っている。また、「栄花物語全註釈」によると、彰子に「『笛をこちらを向いて御覧なさい』と帝が申しなさると」、彰子は「『笛は声をば聞くものですが、見るなどということがありましょうか』と言ってお聞きにならないから『だから、あなたは幼い人なのです。七十の老人のいうことをこんなにやりこめなさることよ。』」と冗談を言ったと伝わる。出家した女三の宮の御持仏の開眼供養会が催される。やがて秋になると、源氏の君は、尼宮の部屋の辺りを野原のように改修して虫を放し飼いにし、虫の声を聴きに来るようなふりで、尼宮の出家を諦めきれない心を訴えて尼宮を困らせる。十五夜の宵に訪ねた源氏の君は、山奥や、遠い野原で鳴く松虫は「人の気持ちがわからない虫ですね。それに比べて鈴虫は、どこでも賑やかに鳴くのは、当世風で可愛げがあります。」と言うと、尼宮は、「人に飽きられるという秋の季節は、いったいに辛いものと知ってをりましたのに、鈴虫の声だけは捨てがたく思います」つぶやくと、源氏の君は、「心もて草のやどりを厭へどもなほ鈴むしの声ぞふりせぬ」(俗界を厭うて出家なさっても、矢張りあなたはいつまでもお若くお美しい」(谷崎潤一郎訳)と詠んで琴を弾いていると、宮中での月見の宴が中止になって物足りない蛍兵部卿の宮や夕霧たちが月見の宴があるのではと訪ねてくる。鈴虫の宴で飲み明かそうとしていると、息子の冷泉院にも人が集まっていて「同じことなら、あなたも一緒にいらっしゃい」と誘いが来るので、冷泉院に伺って宴を楽しんだ。十五夜の月見の宴と言えば、「王朝の貴族」によると、道長が望月の歌を詠んだのは、娘威子の立后で一家三后として、「太皇太后、皇太后、皇后の歴代天皇の后を全部自分の娘で固め」て道長一族が絶頂となった10月16日で十五夜ではないが、「威子立后の宴は、三日間にわたり行われ、さらに引き続いて十月二十二日には威子のいる土御門邸に後一条天皇の行幸があった。これと共に太皇太后、皇太后、東宮の行啓もあり、土御門邸は道長一族の繁栄を祝ってわきかえった」という。道長の「御堂関白記」にも21日に「皇太后宮渡給…行啓。」、22日に「此日土御門邸行幸」などと記される。夕霧は、従兄弟で親友の柏木の妻、落葉の宮を思い続けて通い、その母の病で移った山荘に見舞いに行き、「夕霧が立ちこめてひとしほ山里の情趣を添へるにつけても、その夕霧に行く手の道も見えず、立ち返ることもできない心地がする」(谷崎潤一郎訳)と詠(37) 横笛「横笛のしらべはことにかはらぬをむなしくなりし音こそつきせぬ」(38) 鈴虫「大方の秋をば憂しと知りにしを ふり捨てがたきすず虫の声」(39) 夕霧「山里のあはれを添ふる夕ぎりにたちいでん空もなき心地して」ファイナンス 2024 Dec. 57
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