た*8。本稿第1回に金谷武洋教授が、相手と感情を共ち*10、「笑い」や「歌」を大切にしてきた。それは、SPOT*8) 「日本の感性が世界を変える」鈴木孝夫、新潮選書、2014、p65*9) 「生成AI時代の言語論」大澤真幸、松尾豊、今井むつみ、秋田善美、左右社、2024、p116、133−34、137、240−43*10) それに対して「まずは人を疑うことから始める」のが中国人であることについて、本稿第4回参照*11) 文化人類学者の山田仁史氏は、日本語は「言葉を介した創造力のたまものとしての自己実現欲求や、他者とのコミュニケーションやつながりに欠かせない共感力、さらにそれと深くかかわる自己承認欲求」を大切にする言語であるとしている(「人類精神史:宗教、資本主義」山田仁史、筑摩書房、2022、p254)*12) 「安倍晋三回顧録」中央公論新社、2023、p167*13) 「宿命の子 安倍晋三政権クロニクル」船橋洋一、文芸春秋、2024、p229−282*14) 「帝国議会と財政民主主義」松元崇、日本財政学第79会全国大会報告論文*15) 「日本語の歴史」山口仲美、岩波新書、2006、p219−20は気持ちが悪かったが、全体の中に何となくいることが、ふあーとして心地よい」と感じるようになったという例を紹介されているのを読んで、その考えを変え有しようという構造を持つ日本語は地球を救える力を持っているとしていることを紹介したが、相手と感情を共有しようというのは日本語が「世間」の中で話される言語として他者への信頼を大切にする言語だという所から来ている。大澤真幸氏は、米国の認知心理学者マイケル・トマセロ氏によるチンパンジーの動物実験の例を引きながら、人間が言葉をしゃべれるようになったのは、チンパンジーなどの他の動物と異なり他者の善意への信頼のようなものがあったからで、「笑い」や「歌」が言語の発達に重要な役割を果たしたとしている*9。日本人は、本稿第2回と3回で見たように「他人を信ずべき存在という人間観」を強く持日本語が人間が言語を話せるようになった原点を最もよく保存している言語だということを示唆している。だから、日本語を学んだフランス人が「ふあーとして心地よい」と感じるようになったのだ。それは、日本語には他の言語以上に集団をまとめていく優れた力があることを意味していると言えよう*11。日本語に、そのような優れた力があるとしても、日本人が今日の国際社会で実際にその力を発揮できるかというのは別の問題である。冒頭の藤原教授のようになってしまってはその力は発揮できない。実は、筆者もかつてはそれは無理だろうと考えていた。何よりも国際社会では英語で話さなければならないが、本稿第し、その苦手な英語も低い声でしか話さない。他人より先にしゃべることをためらう文化も持っている。日本は交渉で自らの主張が通らなくても、一旦決まってしまえば簡単に受け入れてしまうので*12、その発言は軽視されてしまうとも言われており、それでは国際交渉をまとめる役回りなど到底無理だと考えていた。しかしながら筆者は、内閣府の次官をしていた時のTPP交渉を見て、その考え方を変えた。TPP交渉では、甘利担当大臣以下の交渉グループが安倍総理のリーダーシップの下、米国や豪州などを相手に「ズームアウト」の議論で一歩も引かない交渉を行って成果を上げた*13。その際には、財務省OBの佐々木豊成氏が農業分野をはじめとする国内調整の分野で、「ズームイン」の議論を行って大いに貢献していた。筆者は、主計局時代、主査、主計官として7年にわたって農業分野を担当していたが、農業分野の調整はグローバル・サウスの国々との調整と同様のものといえる。そのような交渉を成功させたことは、日本が欧米諸国とグローバル・サウスの国々の利害が錯綜する分野で調整力を発揮することができることを示している。考えてみれば、戦前の多くの日本人はそのような力を発揮していた。それは、筆者が研究してきた高橋是清の日露戦争時の外債発行交渉での活躍ぶりなどを見ればわかることだ。また、戦前の帝国議会での金解禁をめぐる高橋是清と井上準之助の議論などは、英語の「ズームアウト」の議論顔負けの議論だった*14。そして、今日グローバル展開している日本企業の多くの社員は、英語の「ズームアウト」の議論で海外子会社の経営や契約交渉などを行っているはずだ。かつては、海外子女の日本企業への就職が難しいなどと言われていたが、最近ではむしろ帰国子女以外の社員に西欧流の議論への訓練が求められるようになっているといえよう。では、そのためにどんな訓練が必要かというと、西欧人を相手とする議論にあたっては日本流に言葉を断片的に投げ出すのではなく、言葉をきちんとつなぎ合わせて話す西欧流にするといった訓練だ*15。文科省が、最近重視している論理国語の目指しているところと言1回で述べたように、日本人はそもそも英語が苦手だ 42 ファイナンス 2024 Dec.日本語の優れた力の発揮
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