ファイナンス 2024年12月号 No.709
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SPOT 図2.9:政府による直接補助の推移(企業タイプ別)アメリカにみる社会科学の実践(第三回)(出典)Branstetteretal.,(2023)中国の産業政策が成功しているとのナラティブが流布している。このことが、産業政策を真似したり、不正なものとして批判したりすることが流行する源にある。本当に中国の産業政策は上手くいっているのか。リー・ブランズテッター(Lee Branstetter、カーネギーメロン大学)らは、2007年以降、中国政府が上場企業に対し、政府からの直接補助金を公に報告することを義務付けていることを利用して分析したところ、産業政策に否定的な結果を得ている(Branstetter et al., 2023)。図2.9の示す通り、2008年から2018年の間に、補助金は40億ドルから290億ドルに増加していたが、補助金支給の最も重要な決定要因は、生産性ではなく企業規模の大きさであった。補助金を受給することは、企業の生産性の伸びを低下させ、その後の研究開発費の伸びはわずかであったという。補助金受給は雇用水準の上昇と関連していたが、これは補助金獲得のために雇用者数を操作している可能性があると指摘する。ブランズテッターらは、中国における補助金の配分においては、政治的・社会的配慮が効率性よりも優先されていた可能性があると結論づけている。この研究に基づき、ブランズテッターは、産業政策を重用してアメリカを中国のようにすることは、アメリカにとって自滅的であると警告する(CSIS, 2024)。ブランズテッターらの研究は、中国の産業政策が資源配分の最適化という意味では成功していないことを示唆するが、一定の戦略目標を達成しうることまで否定するものではない。マーティン・ベラジャ(Martin Beraja、MIT)らは、AI-Tocracyと題した論文で、政府の関与が中国でのAIの発展に寄与したと指摘している(Beraja et al. 2023)。従来の考えは,恣意的専制のもとで技術革新は道を誤るという考えであった。彼らは、1)技術革新の成果が専制を維持する蓋然性を高めること、2)専制による技術革新への投資が、単なる政治的用途を超えた広範な技術革新を生むこと、という二つの条件を満たす時、専制のもとでも技術革新の先端を維持することが可能だと論ずる。ベラジャらは、このようなメカニズムが実際に働いていることを、中国のAI(監視技術)を例に実証した。ベラジャらは、AI企業との政府調達契約に関する包括的なデータ、および2010年代初頭以降の中国全土の社会的騒擾に関するデータを収集・分析した。その結果、1)専制的政府がAIから利益を得ていることを示した。すなわち、地域の騒擾は、当該地方政府による顔認証AIの政府調達の拡大につながり、AI調達の拡大は騒擾の発生を抑制していた。また、2)専制による騒擾の抑止が、AIのイノベーションを促していた。すなわち、政府契約したAI企業は、政府向けのみならず、商業向けでもイノベーションを起こし、その製品が輸出される蓋然性が高まっていた。これらを総合すると、AIのイノベーションは体制を安定化し、AIへの投資が一層の先端の技術革新を刺激するという補完的関係がみられる。専制とイノベーションが強め合う関係を背景として、ベラジャらは、中国はアメリカよりも多くの国にAIを輸出し、輸出先には専制国の割合が高いと指摘する。専制とイノベーションのこの関係は、かつてのソ連の航空宇宙技術、帝政ドイツの化学産業でもみられた関係であると、彼らは指摘する。ベラジャらのより直近の論文Government as Venture Capitalists in AIでは、過去10年間、国・地方政府のVCがAIに年9,120億ドルを投じ、この規模はアメリカ政府の全ての年間の産業向け支出に等しいとする(Beraja et al., 2024)。政府VCは民間VCよりも地方に厚い。また、政府VCが投資し、民間VCが後を追う展開がみられ、政府VCが一定の情報生産機能を発揮していることを示唆する。ファイナンス 2024 Dec. 39コラム2.3:中国の産業政策

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