ファイナンス 2024年12月号 No.709
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SPOTンド並みになると、そのGDPは335.26兆ドルとなり、アメリカの290.11兆ドルを1割程度上回る。*13) 購買力平価でのアメリカの一人当たりGDPは73,64千ドル(2023年, Trading Economics)で、これに足許の人口をかけた、GDPは246.68兆ドル。他方、中国の購買力平価での一人当たりGDPは22,37千ドルで、これに足許の人口をかけた、GDPは318.28兆ドルとなり、すでにアメリカを上回る。なお、ポーランドの購買力平価での一人当たりGDPが41,710千ドルであるから、ポーランドの数字を用ると、中国のGDPは593,53兆ドルとアメリカの2.4倍となる。*14) 名目の一人当たりGDPは、中国で12.97千ドル、ポーランドで23.56千ドル、アメリカで86.60千ドル(2024年、IMF)であり、中国がポーラ可能で、外部からその適否を判別することは至難である。首脳のリスク選好の判定についても同様の困難がある。トゥキュディデスの罠か、ピーキングパワーの罠かという議論は、国際関係論の論争としては興味深い。米中関係の解釈の幅を広げたという功績は認められてもよい。ただ、実践的な意味を過大に求めるものではない。米中関係の帰趨の決した50年後の歴史家は、いずれが正しい理論であったのか論文を書くことができるが、歴史の渦中にいる当事者のなすべきことは、ピーキングパワーの論にシンパシーを感じていてもいなくても相違はない。すなわち、費用対効果に基づき、抑止力の構築に力を注ぎつつ、その努力に相手がどう反応するのか冷静に考え抜くことであろう。その際、中国の首脳が自国をピークを迎えつつあるパワーと認識しているかどうかは、与件ではなく、ベイズ更新的に都度推測するほかない。そして、その認識が中国の行動の動因となるという理論上の想定はひとつの仮説として括弧に入れておくのが相当である。経済学者の間の論争は、かみ合っていない感がある。ワシントンでポーゼンとラーディの間の討論が企画されたことがある(PIIE, 2023)。ポーゼンが中国の経済モデルの行き詰まりを指摘するのに対し、ラーディは足許の経済指標の解釈に注意を集中している。ポーゼンやクルーグマンらの述べる通り、たしかに中国経済の奇跡の時代は終わったし、経済学の訓練を受けた筆者も、専制が高度な経済発展と両立しないというアセモグルの説に親近感をおぼえる。その仮説を検証することは、経済学者にとって興味をそそるプロジェクトである。しかしながら、中国の人口規模を考えると、ラーディのいう通り、依然として中国がアメリカを抜いて世界一の経済大国となることはありうる。ただし、先にみた中国のGDPがアメリカの倍以上になるとのウルフの計算は、購買力平価ベースに基づくという仕掛けがあることには注意を要する。購買力平価ベースでは、中国は現時点でもすでに世界一の経済大国なのである*13。日本経済研究センター(2023)は、中国の実質成長率は2029年以降2%台にとどまり、米中逆転はほぼ不可能と予測している。名目ベースで、ウルフ流に直ちに中国の一人当たりGDPがポーランド並みになるとした場合、中国のGDPはアメリカをかろうじて(一割程度)上回る計算になる*14。米中ともに今後の政策による変動の余地があり、米中の相対的経済規模について、その都度予測することはできても、予言することまではできない。ただ、少なくとも、民主主義を世界に広めるアメリカの使命(destiny)を信ずるとしても、アメリカが長い困難を堪えなければならないのは間違いない。脅威は規模だけではない。「製造2025」などの政策努力の甲斐があってか、すでに多くの産業や技術で中国は高い競争力を持っている。競争力の背後には人材がいる。スコット・ケネディ(Scott Kennedy、CSIS)は、アメリカによる技術的遮断は半導体など一部の分野での中国の技術進歩に拍車をかけるという逆効果になっているという(Kennedy, 2024)。人材は再生産のエコシステムを備えており、歴史の見通しの効く範囲で、産業や技術の先端を巡る熾烈な競争の中心に中国が位置し続けるのは間違いない(中国の産業政策については、コラム2.3を参照)。ブランズとベックリーでさえも、危機の20年代の後も数十年間、米中は対峙しつづけると指摘していたことを思い出したい。一部が先進化した、巨大な中所得国という中国の将来像を一層複雑化するのが、人口の質を含む人口動態の歪みである。コロナ禍を経て、中国国内での社会満足度が低下に転ずる兆しがある。硬直的な政治制度のもとで、社会を安定的に運営することができるか、火山(volcano, Martin Whyte)の爆発をみることになるのか、社会科学者たちは目を凝らしている。「我慢すること」。ブランズとベックリーは、アメリカが長期戦に備えて保持すべき原則のひとつをこう表現している。問題は、アメリカが我慢を持続することができるかということでもある。(次号につづく) 38 ファイナンス 2024 Dec.

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