ファイナンス 2024年12月号 No.709
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SPOT アメリカにみる社会科学の実践(第三回)社会主義国である中国の目覚ましい発展をみると、中国の官と民の線引き、力関係はどうなのだろうと思い悩む。この疑問を考える材料となる研究として、1)企業の資本関係を再精査した研究と、2)優秀な人材の行先から官民関係を示唆する研究を取り上げる。フランクリン・アレン(Franklin Allen、インペリアル・カレッジ)らは、中国企業の登録、所有に関するデーターベース(State Administration for Industry and Commerce等による)から、所有権に基づいて企業の樹形図を作成し、実質的な所有者を分類し直している(Allen et al., 2022)。表2.2の示す通り、(曖昧さや報告の誤□という欠点のある)従来の尺度では、中国には39万1,000社の国有企業(SOE:State owing Enterprises)があるとされてきたが、中国の登録企業4,000万社すべてに関する新たな分析によると、36万3,000社が100%国有企業であり、62万9,000社が30%国有企業であり、86万7,000社近くに少なくとも何らかの国の持ち分が入っていることが分かった。国有企業の総資本は、2017年には全企業(4,000万社)の総資本の約68%にまでのぼったという。従前の理解よりも、国有企業の存在感が大きいことが読み取れる。ただ、このうち、中央政府が所有する割合は減少し、地方政府が所有する割合は増加している。また、政府との資本関係がより緊密な企業はより成長が速いが、資本関係がより遠い企業よりも収益性や効率性で劣る傾向があることも明らかになったという。ク市立大学)は、中国政府の恣意的な介入の傾向が、民間の主導権を阻害しているという(Krugman, 2024)。クルーグマンは、過小消費・過剰投資という中国の経済モデルが行き詰り、バブル崩壊後の日本よりも深刻な困難に陥ると警鐘を鳴らす。恣意的介入が民間の活動を阻害すると指摘するのは、アダム・ポーゼン(Adam Posen、PIIE)も同様で、彼は中国の経済的奇跡は終わったと断じた(Posen, 2023)。デレク・シザーズ(Derek Scissors、AEI:American Enterprise Institute)は、中国経済の問題は最近に始まった問題ではなく、競争促進と財産権保護のための改革の欠如という、長年の政策選択の誤りに由来すると指摘する(Scissors, 2023)。これらの経済学者に通底する認識は、専制と高度に発展した経済は両立しないという理解である。そのような考えを早くから打ち出していたのが、MITのアセモグルらである(Acemoglu & Robinson, 2012)。アセモグルらは、国が繫栄するには、市民の政治参加と財産権の保護を担保する包括的政治・経済制度を備える必要があると指摘した。収奪的制度を備える国は衰退するとし、中国の成長はしばらく続くかもしれないが、持続的成長には繋がらないと予言した。その後、彼らの予言は当たらなかったと批判されてきたが、近年の中国政府による民間企業叩きなどをみて、アセモグルは意を強くしている(Acemoglu, 2022)(中国の官民関係については、コラム2.2を参照)。他方、これらの中国がピークを迎えつつあるという見方に反対する経済学者もいる。中国専門の経済学者ニコラス・ラーディ(Nicholas Lardy、PIIE)は、中国経済は成長を続けており、中国を過少評価してはならないと指摘する(Lardy, 2024)。ラーディは、最近の消費の落ち込み、デフレ傾向の定着、民間投資の低迷などの指摘にも関わらず、統計を適切に解釈すれば、実体経済が底堅いことが分かるという。例えば、不動産部門を除けば、2023年の民間投資は10%近く増加したとし、ドル建ての名目GDPは10年以内にアメリカを超える可能性が高いと主張する。マーティン・ウルフ(Martin Wolf、FT)は、「We shouldn’t call ’peak China’ just yet(「Peak China」と呼ぶべきではない」)と題した記事で、2022年にポーランドの半分の水準にとどまる中国の一人当たりGDP(購買力平価ベース)がポーランド並みとなるだけで、中国のGDPはアメリカの倍以上になると指摘する(Wolf, 2023)。上述した国連の見通しでは、2050年の中国の人口が12兆6,000万人であるのに対し、アメリカの人口は増加するとはいっても、同年で3兆8,100万人に過ぎない。規模の影響は大きいのである。ファイナンス 2024 Dec. 35コラム2.2:中国の官と民

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