ファイナンス 2024年12月号 No.709
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る*12。ステートメントは、困難の後にユートピアが到SPOTを恐れて戦争となるトゥキュディデスの罠(Allison, 2017)よりも実際の米中関係に妥当するとし、歴史的な事例として、第一次大戦のドイツ、第二次大戦の日本を例に挙げる。ブランズとベックリーは危機の2020年代を熱い戦争なしでしのぐことを当面の課題としつつ、その後も米中緊張は数十年ほどつづくと展望する。ブランズとベックリーの議論には、中国を専門とする国際政治学者たちから批判が出ている。ライアン・ハス(Ryan Hass、ブルキングス)、テイラー・ファーベル(Taylor Fravel、MIT)、ジェシカ・ワイス(Jessica Weiss, コーネル大学)らである(Hass, 2024; Fravel, 2023; Weiss, 2023)*11。彼らは、中国の首脳自身が「東洋が台頭し、西洋が衰退する」と述べ、中国がピークを迎えつつあるパワーであるとは認識していないと指摘する。また、中国の首脳は自らの権力の維持を最優先としており、リスクテイカーであるとは思わないという。そして、米中関係がデンジャー・ゾーンにあるという議論そのものが中国を挑発し、戦争が自己実現的に起きてしまうことを懸念する。このような指摘に対しては、ブランズとベックリーも首脳のステートメントを引用することで反論できる。習近平は、中国は包囲されており、「迫りくるリスクと試練」のなかにあるとの認識を示し、人民に対して自己犠牲を求め、闘争に備えるよう求めてい来するというマルクス主義的発想を思わせ、長期的な目標への確信と現在の苦難が組み合わされ、このことが攻撃的行動を生むことを懸念するという。中国がピークを迎えつつあるパワーであるという評価についてはどうか。ブランズとベックリーは、中国の台頭を支えた幸運が反転し、1)人口大災害、2)枯渇する資源、3)制度機関の衰退、4)厳しさを増す地政学的環境、5)中国経済の泥沼化という困難に中国が直面していると指摘する。折しもコロナ禍明けの中国経済の回復が期待ほどではなく、不動産部門の困難が顕在化した2023年夏頃から、にわかに中国経済への悲観論がアメリカの経済学者の間で強まった。ポール・クルーグマン(Paul Krugman、ニューヨー「私たちは、政策には選択とトレードオフが伴うことを明確に認識しています。それが政策の本質です。しかし、サルトルの言葉を借りれば、選ばないことも選択である。そして、そのトレードオフは、課題を放置する時間が長くなるほど悪化するだけです。適切なバランスを取ることが難しいと指摘して、現状に満足すれば良いとは考えられません。 …… 彼ら(論敵)もまた、これ(サリバンの政策)でないのなら、Xという答えを用意する必要があります。そして、私のみるところでは、『現状に戻ろう』という『X』では、上手くいかないのだと思うのです。私の高校のサッカーコーチの言い方を借りると、プランがあることは、プランを持たないことに勝るのです」サリバンによる投企(projet)が、世界史の変転を経て、良い実を結ぶことを願わずにいられない。アメリカの中国観の変転は著しい。サリバンによると、古いコンセンサスでは、経済統合を進めれば、中国はより責任ある国になるものと想定していた。その想定は裏切られ、いまや中国は「国際秩序を変える意図とそれを実現する経済力、軍事力、技術力を備えた唯一の競争相手」(2022年10月「国家安全保障戦略」)としてあらわれている。ハル・ブランズ(Hal Brands、ジョンズ・ホプキンス大学)とマイケル・ベックリー(Michael 最も危険な時期(デンジャー・ゾーン)であり、アメリカは台湾侵攻の最悪の事態に備える必要があると説く(Brands and Beckley, 2022, 邦訳2023)。経済減速と戦略的包囲網に直面する中国にとって、時間が味方だった環境は急速に変わりつつある。台湾統一のという焦りが生じ、このことが侵攻を誘発する恐れがあるという。彼らは、このようにして起こる戦争をピーキングパワーの罠と呼ぶ。覇権国が新興国の台頭Beckley、タフツ大学)は、2020年代が米中関係の「機会の窓」が閉じる前に行動しないと間に合わない 34 ファイナンス 2024 Dec.4.アメリカの中国観(1)Peak China?*11) 彼らは、前節の議論でいうと、慎重論者の一翼を担う論者でもある。*12) Brands and Beckley, 邦訳2023, p59.

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