SPOT アメリカにみる社会科学の実践(第三回)表2.1:Swing Statesにおける雇用へのマクロ的インパクト追加投資による雇用増(人)264,17918,50189,74292,00762,1196,0134,8071,701,962製造業雇用比(%)139.228.321.319.4全雇用比(%)8.21.21.81.810.21.11.013.31.40.10.21.1ファイナンス 2024 Dec. 31(注)雇用の増は、2022年の水準からの増加分。(出典)Lawrence(2024b)に基づき、筆者作成。サンベルト アリゾナ ネバダ ジョージア ノースカロライナラストベルト ミシガン ペンシルベニア ウィスコンシン全米費の減を反転させる必要があるとする。中国がサプライチェーンに対する支配力を武器にしようとしているなか、中国の恒久的通常貿易関係の地位を廃止すべきことなどを唱える。中国企業への資金と技術の流れを止める必要があり、バイデン政権による限定的な対外投資規制を拡充する必要があるとする。(3)慎重論者民主党系、共和党系ともその主流派が、地経学上の措置に積極的であるのに対し、慎重な社会科学者たちがいる。これらの慎重論者には、市場機能を重視する経済学者のほか、アメリカの相対的国力を慎重に見積もる国際政治学者が含まれる。経済学者は保護主義、産業政策に疑いの目を向けるものである。そのような経済学者の代表として、サマーズを挙げることができる。サマーズは、What should the 2023 Washington Consensus be?と題した2023年9月の講演で、新しいワシントンコンセンサスを提示した同年4月のサリバンの講演を批判した(PIIE, 2023a)。サマーズは、サリバンらのバイデン政権の政策には六つの誤解(misconception)があるという。1)雇用を最大化するという考えが効率性を損なっていること、2)過去10年間がアメリカ経済にとって悪かったという認識が間違いであること、3)同期間の世界経済の達成も悪くなかったこと、4)自由貿易が問題であるとの認識は誤りで、中国との貿易はアメリカに利益をもたらたしたこと、5)アメリカの再産業化は現実的ではないこと、6)財政赤字が脅威であることの六つである。サマーズは中国が敵対国であることを認めつつも、中国を抑え込む努力が(対日包囲網と真珠湾攻撃を例示し)非生産的な結果を生むことを憂慮する。ロバート・ゼーリック(Robert Zoellick)のような、共和党ブッシュ(子)政権で通商代表を務め、世界銀行総裁に転じた論者も、新しいコンセンサスを批判的に扱っている(PIIE, 2023b)。ゼーリックは、1)従前のワシントンコンセンサスが財政金融の規律を重視したのに対し、サリバンらが規律の軽視へと転じたこと、2)価格の機能への認識を欠くこと、3)民間部門から国へと経済を主導する部門を移したこと、4)国際主義からフリードリッヒ・リストの関税同盟のような国内重視に転じたことの四点を新しいコンセンサスの特徴として挙げる(PIIE, 2023b)。アメリカの再産業化の非現実性というサマーズの主張については、すでに本稿の第一回で格差対策を論じた際に取り上げた。ロバート・ローレンス(Robert Lawrence、ハーバード大学)は、同様の主張をより具体的に根拠づけている(Lawrence, 2024a, b)。ローレンスによると、製造業の雇用やGDPに占める割合の低下は、アメリカに限ったことではなく、ドイツ、日本、韓国、そして中国といった国々でもみられる。この低落傾向は、すべての国に共通する力、すなわち技術革新に伴う財価格の低下、所得増に伴う財需要の減などによるものであり、産業政策はこの傾向を覆すことはできないとする。製造業での雇用は2000年から2010年で580万人減ったが、中国からの輸出攻勢によるものは100万人程度に過ぎないという。ローレンスは、産業政策が特定の目標(脱炭素、サプライチェーンの強靱化等)に資することはあり得るものの、包括的成長の原動力として製造業を復活させることは不可能だという。図1.11(第一回)でみた、民間製造業建設支出の足許の急増は目覚ましいものにみえるが、製造業の規模が小さすぎるため、マクロでの影響は限定的であるとする。表2.1は、2024年7月時点で公表済の投資計画によって追加となる雇用数の規模感を製造業雇用や雇用全体との比(2022年比での増加率)として、Swing Staes毎に計算したものである。雇用全体との比でみると、(TSMCの投資先の)アリゾナ州でこそ全雇用で8.2%と大きな増加となっているものの、他の州では1%台から、激戦州の最たるものとされたペンシルベニア州ではわずか0.1%にとどまる。産業政策が成功したと言うためには、このような直接的な雇用増だけでは足りない。真に競争力のある生産力を立ち上げる必要があり、そのためには、第一回でみたSKハイニックスのインディアナ州での人材育成のような苦闘が実を結ぶ必要がある。
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