SPOTビクター・チャ(Victor Cha、ジョージタウン大学)は、中国による経済的威圧を予防する方策として、NATO第5条(集団防衛:NATO加盟国の1つに対する攻撃はNATO全体の攻撃とする)に倣った「集団的レジリエンス(collective resilience)」を提唱している(Cha, 2023)。複数国からなるグループを形成し、中国がメンバーに対して経済的威圧を行った場合に、グループ全体として中国に対して貿易上の対抗措置を取ることにコミットすることで、中国を牽制するというアイデアである。2021年、リトアニアが台湾に代表部を設置し、中国がリトアニアからの輸入に制限をかけた際、リトアニアはEUやアメリカの支援を受けて影響の緩和に努めた。チャはあくまでもリトアニアの事例は防御的な対応とし、自身の提案は、より踏み込んで集団的に報復措置を取ることを旨とするという。チャの分析によれば、中国がこれまで経済的威圧の対象とした国からの輸入に、中国が70%以上を依存する品目は412品目にのぼる(2022年)。品目数を一番多く持つのは日本(124品目、49.6億ドル)で、金額では米国が最大である(品目数では87品目で二位、115.5億ドル)という。以下、品目数で、ドイツ(64品目)、韓国(28品目)と続く。この412品目のなかから、チャは19品目を特に戦略的に重要な品目として例示し、この19品目には日本の銀粉末、アメリカのトウモロコシ、韓国の無機塩などが含まれる。集団的レジリエンスが機能するためには、報復措置のWTOの国際ルールとの関係の整理や根拠となる各国の国内法等の整備もさることながら、パートナー間での強固な連携・信頼関係が存在することがカギとなる。パートナーのために輸出を制限すれば、自国の事業者の収益機会を奪うことになる。第二次トランプ政権が、そのような連携・信頼関係を醸成することができるかという点は、自然にわいてくる疑問である。貿易依存度が固定的なものではないことにも注意が必要である。アメリカとそのパートナーの側だけでなく、中国の側でも、相手への依存を減らす努力が続けられている。そして、製造業における中国の中心的地位を考慮すると、現状、より脆弱なのは中国よりもアメリカとそのパートナーなのかもしれない。図2.6によると、中国の対米依存や対欧依存よりも、アメリカや欧州の対中依存の方が大きい。サプライチェーンを通じた間接的な依存を含めると、米欧の脆弱性はもっと大きなものとなると思われる。猪俣(2023)は、国際産業連関表を用いた分析を通じ、2018年時点でのサプライチェーンを介する相手への依存は、中国よりもアメリカの方が大きいと分析する。貿易戦争後も、連結国の存在を考えると、状況は変わっていない可能性が高い。べた。伝統的に米・財務省は、市場を重視し、中国と友好的な官庁として知られる。その伝統的立ち位置は、グローバル課題での協力という三点目に残っているが、バイデン政権の期間中の同課題での進展は乏しかった。サリバンの演説を経済学の言葉で定義したのが、(第一回で取り上げた)イエレンの打ち出した「現代供給サイド経済学」であると解することができる。民主党系のアプローチには共和党系論者との比較で特徴的ことが二つある。ひとつはパートナーとの協働の重要性をより認識していることである。もうひとつは、デカップリングを求めず、デリスキング(リスク軽減)を求めるとすることである。守るべき基盤技術を手厚く守りつつ(ハイフェンス)、守る範囲を真に安全保障上必要なものに限る(スモールヤード)のである。第一のパートナーの重視は、大きな市場と多くの技術的知見を集めるために不可欠なものである。伝統的な西側はもちろん、グローバルサウスとの連携を深めることが重要である。日本が議長国を務めたG7広島サミット(2023年5月)は、(中露を除く)グローバルサウスの主だった首脳を呼び、連携の貴重な機会を提供した。同サミットでは、経済的威圧(economic cohesion)に関する文書が出ている(G7 Summit, 2023)。経済的威圧とは、恣意的な貿易の制限等により地政学的目的を達することを狙った措置である。威圧に対処するため、同文書では、G7外を含むパートナーとの協力を推進することの必要性を強調している(経済的威圧への対策については、コラム2.1を参照)。第二のデカップリングとデリスキングとでは、理屈上の違いがある。デカップリングという言葉には全を無にするという響きがあるのに対し、デリスキングには許容範囲のリスクのうちでの関係は維持するニュアンスがある。グローバルなサプライチェーンを介してつながる世界経済の現実に適合的な概念といえそうである。 28 ファイナンス 2024 Dec.「集団的レジリエンス」とその課題コラム2.1: 経済的威圧に対する
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