ファイナンス 2024年12月号 No.709
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SPOT 図2.1:中国からの輸入が与えた地域毎の影響アメリカにみる社会科学の実践(第三回)階に区分している。(出典)https://chinashock.info/(注)1990年から2007年までの中国からの輸入が与えた悪影響(労働者一人当たり)に応じて、地域を5段*2) 以下、「(2)安全保障環境の変化」までの執筆に際し、北村(2022)、玉井・兼原(2023)を参照した。も、輸入と競合する製造業の位置する地域で、失業率の増加、労働力率の低下、賃金の低下を引き起こしたことを明らかにした。図2.1は地域毎の影響の度合いを五段階で色分けした地図である。オーターらは、中国からの輸入による競争が同時期のアメリカの製造業での雇用の減少の四分の一を説明するとした。失業、障害、退職、医療などの移転給付の支払いも、輸出攻勢にさらされた地域で急増していたと明かにした。オーターらは、2021年の論文で当時の最新データを用いて、影響を受けた地域の悪い状況が続いていることを報告している(Autor et al., 2021)。オーターらは、シンドロームが政治にも影響を及ぼしていることも実証した(Autor et al. 2020)。彼らは2000年から2016年にかけての議会や大統領選挙等の結果を複数の尺度で分析し、輸出攻勢にさらされた地域でのイデオロギーの変化が、2016年の大統領選挙の前に始まっていることを示す証拠を見出した。影響を受けた地域のうち、もともと白人の多い地域では、排外主義的な候補者が選出される傾向が高まり、マイノリティが多かった地域では、プログレッシブな候補が選出される傾向が強まったと指摘する。オーターらの論文は、学術論文としては異例なことであるが、現実の政治に影響を及ぼした。第一次トランプ政権で、国家通商会議(National Trade Council)のトップを務めたピーター・ナバロ(Peter Navarro、UCアーバイン)は、オーターらの研究を参照しつつ、第一次トランプ政権での対中通商政策を推進した(The New York Times, 2020)。オーターらの論文が大きな影響を持ったのは、正統派のMITの教授がついに自由貿易の弊害を正面から認めたというサプライズに由来する。人々が自分の目でみていることと、学者の言うことは食い違うことが少なくないが、オーターらの論文によってようやく一致した。自由貿易という薬には害はないと言われていたのが、そうではなかったことを告知された。フランチェスコ・トレビ(Francesco Trebbi、UCバークレイ)らは、中国の最恵国待遇を認めるか否かを巡る連邦議会議員の投票行動(1990―2001年)を分析し、選挙区での損害への認知を高めつつあった議員であっても、自由貿易は望ましいというイデオロギー的信念に引っ張られて賛成の投票行動をとった者が多かったことを明らかにしている(Bombardin et al., 2023)。オーターらの論文は、自由貿易イデオロギーから人々を解き放った。第一次トランプ政権のもとで*2、通商代表部は2017年7月より通商法301条に基づく措置を中国に取りうるか検討を開始した。2018年3月に報告書を公表し、同年7月を皮切りに四段階にわたる対中関税措置を講じ、米中貿易戦争と呼ばれる応酬となった。2018年初ファイナンス 2024 Dec. 23

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