SPOT*1) 前在アメリカ合衆国日本国大使館公使(2021年5月〜2024年7月)。博士(経済学、一橋大学)。なお、本稿のうち、意見にわたる部分は個人の見解であり、組織を代表するものではないことをお断りしておく。今回から次回にかけて、アメリカと世界との関わりを検討する。中国などとの競争がアメリカの世界経済との関係を変えている。大国間の競争関係として世界経済のあり方を考える地経学と呼ばれるアプローチが注目を集めている。産業政策とセットになった貿易・資金・技術の管理を通じて達成しようとする目標は、経済的豊かさにとどまらない。経済的手段を通じ、安全を確保する施策として経済安全保障という政策体系が姿をあらわしている。輸出管理、経済・金融制裁は、イランや北朝鮮などに対応するためのニッチなツールであったが、第一次トランプ政権で中国のファーウェイ、香港問題への対応などを通じ次第に役割を高めていった。そして、バイデン政権下で、ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月)を契機に大規模な制裁が実施され、中国に対してもより系統立てて活用されるようになった。経済・財政と同様、地経学等においても、本稿は社会科学者たちの間に競合関係を意識的に見出す。ここでは、経済学者に限らず、国際政治学者や法律家を含む、広範な社会科学者を視野に入れる。各論者のアプローチの持つロジックを把握することで、読者は地経学等の問題の見取り図を得ることができるだろう。地経学等における競合関係は三つ巴の様相を呈する。民主党バイデン政権の安全保障政策を指揮したジェイク・サリバン(Jacob Sullivan、国家安全保障問題担当大統領補佐官)に対置する存在として、共和党系のロバート・ライトハイザー(Robert Lighthizer、元通商代表)の名を挙げる。レトリックをみる限り、民主党よりも共和党の方が中国に強硬であるが、バイデンはトランプの政策を継承・発展させた面が強いことを指摘する。より深い競合関係は、むしろサリバンやライトハイザーと、地経学的競争に慎重的な社会科学者との間にある。これらの慎重論者には、ハーバード大学のサマーズなど市場機能を重視する正統的な経済学者のほか、アメリカの相対的国力を慎重に見積もる国際政治学者が含まれる。以下、今回(第三回)では最近の動きを概観し、アメリカと世界経済との関わりがどのように変わってきたか跡付ける。続いて、三つのアプローチの詳細に立ち入り、論点の所在を明らかにしつつ、筆者なりの見解を示す。最後に、主たる競争相手である中国についてのアメリカの社会科学者の議論を検討する。次回(第四回)では輸出・投資管理、有事の経済・金融制裁などよりハードな施策を取り上げるほか、大国間の競争のかげで進む安全保障上の危機ともいうべき、気候変動問題など人類の存続に関わる問題について触れる。(1)チャイナ・シンドローム大国間の競争への関心が高まるに至るには二つの経路があった。ひとつは、中国からの輸出攻勢がアメリカの製造業を壊滅させるという経路による。もうひとつは、アジア太平洋地域におけるアメリカの軍事的優位の揺らぎによるものである。第一の経路を端的に示すのがMITのオーターらの論文『チャイナ・シンドローム(The China Syndrome)』である(Auter et al., 2013)。彼らは、1990年から2007年にかけての中国からの輸入増加が地域の労働市場に与えた影響を分析した。中国との貿易の得失はアメリカ全体ではネットでプラスであったとしつつ 22 ファイナンス 2024 Dec.財務総合政策研究所客員研究員 廣光 俊昭*12.概観1.はじめに*1Ⅱ.地経学、経済安全保障アメリカにみる社会科学の実践 (第三回)―地経学、経済安全保障(1)
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