4.本特集号に関する今後の課題増井先生は平成14年にも「税務執行の理論」という論文をFRに寄稿してくださっています。その論文の中では、今後重要になると予想される制度的な課題について、今回も言及のあったITの普及やグローバル化といったものの他に、高齢化や地方分権の進展についても触れられていました。 88 ファイナンス 2024 Nov.持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、大学で租税法を講じてきた私の経験からはそう感じます。なぜかと言うと、日本の所得税については、精密に源泉徴収制度が作られていて、言わば世界に冠たる申告不要制度が整備されている。そのため、多くの国民は、税務署と直接的に関わることなく、給与や預金利子から源泉徴収されるだけで納税が完了します。他方で消費税は事業者が納税しますし、法人税は個人が納税するわけではありません。この状況はとても効率的で、良いことがたくさんあります。その一方で、人々の間で税務執行が「我が事」であると感じられる局面が限られるということでもあります。そういった状況ですので、この特集号のような専門的な議論が、すぐさま国民の間で一般的に広く読まれるというところまでは行きにくいかもしれません。ではどのようなアプローチが必要か。まずは、それぞれの専門的関心を有する皆さまに届けば良いなと思います。例えば、暗号資産に携わっている方であれば、行岡論文や大野論文をご覧いただきたいです。国際税務に携わっている方であれば、藤原論文や中村論文をご覧いただきたいです。あるいは、税理士の先生方には、巽論文や野田論文を読んでいただきたいです。そうする中で、読者層が徐々に広がっていって、私たちの社会一般にとって税務執行が大事な「我が事」であると感じる人が増えていけば良いと思います。納税協力の改善というアウトカムを重要視すべきとのことですが、そもそも、納税協力に対する姿勢や意欲といったものには、国や地域ごとに差があるように感じます。納税協力に対する人々の意識の差は、何によって生じるものだとお考えでしょうか。これは本当に面白い問いですね。ある国では納税協力の意識が高くて、別の国では低い。こういう現象がなぜ生ずるか。まさに重要なパズルです。また、同じ国の中であっても、歴史的に状況が変化する。内乱の時代には政府不信が強まり、租税抵抗が激化します。何が時代による変化を説明するか。これも極めて興味深い問いです。納税協力については、極めてざっくり言うと、二つの流れの考え方があるように思います。まず一つは、合理的経済人の仮定から、納税協力しない場合のサンクションを考慮して、合理的な損得計算をしたらこうだ、という形で説明する流れです。もう一つは、おっしゃったような、意欲とかモラル、社会規範などで説明する流れです。これは、政府に対する信頼とか、「周りの人がやっているから自分もちゃんとやるけれどそうでなければやらない」といった互酬性論理などの流れです。後者を考慮に入れなければならないところが一筋縄では行かないところです。伝統的な合理的効用計算モデルだけで説明が難しいという点にはかなり広い合意があります。私の見るところ、おそらく行動経済学でも完全な説明は困難です。「人はなぜ納税するか」というのは、それだけ深い問いなのでしょう。私は法律家なので、人がどうして法を遵守するのかということ自体、本当に不思議なことだと感じます。税務執行や納税行動に関する検討を突き詰めていくと、なぜ法が守られるかとか、なぜ私たちの社会秩序がこうなっているかといった、根源的なところへ行き着きます。正直申しまして、「税務執行」という言葉で普通に了解される範囲だけからは、なかなかこの面白さが伝わらない。まだまだ理解されにくい段階にあると思います。本当は税務執行の世界にはこういった根源的なところがありますので、そのことがもっと広く知られるようになると良いなと思います。これらは現在も社会にとって大きな課題であり続けていますが、この20年間に、税務執行に対して、ど
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