銀座通り細工町道路元票跡 図2 市街図(出所)筆者作成ファイナンス 2024 Nov. 69水路跡街道筋神戸姫路電気鉄道跡国道■号郵便局市役所跡西魚町明石駅跡中町■■跡至・淡路島大手門旧ジャスコパピオスダイエー跡旧明石デパート魚の棚商店街東魚町東本町不動跡西本町■■跡三白館明石市場分場旅客船乗り場錦江橋国道■■号■海上区間跡至・淡路島明石駅旧日本道路公団フェリーボート山陽明石駅旧駅明石小神戸↓三井住友西国街道浜光明寺アスピア付属小兵庫電気軌道跡市役所明石城国立銀行である。国立銀行の営業期間の満了をもって五十六銀行に改称した。同じく明石に本店があった明石実業銀行を買収するなどして地域一番行に成長していった。昭和11年(1936)、1県1行に向けた再編機運の中、神戸岡崎銀行、三十八銀行、高砂銀行、灘商業銀行、西宮銀行、姫路銀行と合併し神戸銀行となった。三井住友銀行の前身の1つである。ちなみに、戦前に進出して現在も残る銀行にりそな銀行がある。大正9年(1920)の進出時は不動貯金銀行(前身の1つ)だった。戦後、国道2号南面の現在地に移転した。大正6年(1917)4月、西本町に明石駅ができた。神戸と明石を結ぶ兵庫電気軌道(現在の山陽電気鉄道の前身の1つ)のターミナルである。神戸側にはJR兵庫駅の向かい側にあった電鉄兵庫駅(当時「兵庫駅」)で明治43年(1910)に開業していた。西本町から国鉄明石駅前へ市街地の外側には国鉄明石駅があった。国有化前は、山陽鉄道(現在の山陽電気鉄道とは別)の経営で、明治21年(1888)11月に開業していた。乗り換えの便から兵庫電気軌道は国鉄明石駅の最寄りにも駅を設置した。「明石駅前駅」といい、現在の明石駅前交差点の北西にあった。兵庫電気軌道が開通した頃、西側の姫路と明石を結ぶ電車も計画されていた。大正8年(1919)、明石と姫路の頭文字にちなむ明めい姫き電気鉄道が設立された。神戸姫路電気鉄道への改称を経て、明石・姫路間の電車線が開通したのは大正12年(1923)8月である。ターミナルは現在の駅前広場ロータリーの南辺にあり、こちらも駅名が「明石駅前駅」だった。明石を起点に2社の路線があったが、片方は電車、片方は路面電車の規格で相互乗り入れは簡単ではなかった。昭和2年(1927)、両社が宇治川電気(関西電力の前身の1つ)の傘下に入ることになった。事業体が1つとなったことで、仕様の差を乗り越え相互連絡する機運が高まった。まずは2つの路線の間に連絡線を敷設し、乗り継ぎをスムーズにした。その後、路面区間が多かった旧兵庫電気軌道の路線が現路線に移設され、昭和6年(1931)には旧2社の路線と駅が一本化した。
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