ファイナンス 2024年11月号 No.708
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アメリカにみる社会科学の実践(第二回)*15) 政府側でインフレ抑制法の指揮を執ったのは、NEC委員長(当時)のブライアン・ディーズであったと言われる。政策の転換(+0.7兆ドル)がある。共和党関係者からは、関税とインフレ抑制法の縮小から相当の財源が出るとの指摘がなされることもある。たしかに、これらは相当程度の財源にはなるが、赤字増加要因との比較で規模は限定的である。さらに、注意すべきことは、赤字拡大に伴って利払いで▲1.05兆ドルもの赤字増となることである。この中央値による場合、2035年の債務GDP比は143%まで上昇する。表1.3によると、CBOの予測では、2034年の債務GDP比は122.4%であったから、トランプの選挙公約のもとで債務水準が悪化することを読み取ることができる。 (出典)CRFB, 2024に基づき、筆者作成。表1.7:トランプのもとでの財政赤字の増加・減少要因(2026-2035年、10億ドル、中央値)赤字増加要因(減税、歳出増)(TCJAの延長等)(超勤への課税控除)(社会保障受給への課税停止)赤字減少要因(歳入増、歳出減)(関税)(エネルギー政策の転換)純利払い総計(純赤字)▲7,750(債務GDP比143%、2035年)▲10,400 (▲5,350) (▲2,000) (▲1,300)+3,700 (+2,700) (+700)▲1,050ファイナンス 2024 Nov. 356.経済・財政についての総括これまで二回にわたり、経済・財政の分野で社会科学者たちが何を議論してきたのか検討してきた。以下、総括として三点述べたい。まず、2020年代前半のバイデン政権期を通じて、バーンスタイン、イエレンらリベラルな経済学者が、彼らの望んできたものをほどほどに得たことである。彼らは巨額の財政支出を得た。しかしながら、彼らは、勤労を重んずるアメリカの経済哲学の壁にも直面した。直接的な再分配施策の多くが実現を阻まれ、産業政策という事前の配分に適合的な施策へと力点のシフトを余儀なくされた。また、彼らの達成はマクロの資源制約に由来する代償を伴うものであった。インフレが民主党の政治資本を食いつぶしたことは、党派的に大きな失策と言うほかない。また、財政が持続可能性な経路から大きく外れてしまったことは、将来に禍根を残すものであった。第二に、多くの課題が未解決のままであることを指摘したい。インフレをどう教訓化して、今後の金融政策の枠組みをどう考えるか。インフレ鎮静後の経済が、コロナ禍以前の状態に戻るのか、インフレ的で金利の高い新常態となるのか。新供給サイド経済学は機能するのか。AIの生産性と格差への影響はどのようなものになるのか。財政健全化の道筋はどのようなものか。これだけ多くの課題が挙がるのは、パンデミック、オートメーション、中国との競争、気候変動などの複数のショックがアメリカを襲っているからである。バイデン政権が、「現代供給サイド経済学」という形で、ひとつの政策で複数の課題に答えようとしたのは、課題の多様性に振り回されずに政権の統合性(integrity)を維持しようとする試みであった*15。これらの課題について、本稿は競合する社会科学者たちの議論を参照しつつ、筆者なりの見解を時に踏み込んで明らかにした。最後に指摘したいことは、2020年代の社会科学が、実社会のアクチュアルな課題に対して、実に有益な貢献を行っていたことである。貢献は三つの形を取っていた。第一は、実証研究の深化に伴い、社会科学が政策形成により大きなインパクトを持つようになったことである。本稿で取り上げた多くの研究が該当するが、コラム1.2と1.4でみた、コロナ対策の現金給付を分析したチェティらの業績、大学入学の実態を検討したフリードマンらの研究は、その顕著な例である。これらEvidence based policymakingとも言われる研究は、今後一段と目覚ましい進歩をみせるだろう。第二の貢献は、時々の課題を抽出し、論議の枠組みを定めるという、社会的機能を社会科学者たちが果たしていたことである。この点、この時期にサマーズが果たした役割は特に大であった。彼の言うことのすべてが正しかったわけではないが、インフレ、均衡金利、産業政策において、彼の果たした役割は注目に値する。第三の貢献は、実社会の抱える課題を把握し、解決するために必

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