ファイナンス 2024年11月号 No.708
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図1.17:長期金利(左軸)と債務残高GDP比(右軸)の推移表1.7は、トランプの中央値の内訳を赤字増加要因と減少要因に分けて示している。赤字増加要因としては、TCJAの延長等(▲5.35兆ドル)、超勤への課税控除(▲2兆ドル)、社会保障受給への課税停止(▲1.3兆ドル)が効いている。赤字減少要因として目を引くものに、関税(+2.7兆ドル)、インフレ抑制法の縮小などのエネルギー 34 ファイナンス 2024 Nov.は、経済一般(24%)、二番目が移民(22%)、三番目が政府・貧弱な指導者(17%)であった。第三のチャネルは市場を介するものである。リアルにいえば、金利こそ財政健全化を呼び込む最も有力な動因である。クリントン政権時代の財政健全化も、金利に促されたものであった。図1.17は、10年金利と債務残高GDP比の推移を描いたものである。クリントン政権発足時の10年金利は6.61%であり、しかもそれ以前には一段の高金利に悩まされていた。CEA委員としてクリントン政権入りした、アラン・ブラインダー(Alan Blinder、プリンストン大学)は、この金利を引き下げることが財政健全化の動機になったと回顧する(Blinder, 2022)。この市場からの圧力が政府・議会を促し、ペイアズユーゴーなどの財政ルールを活用することで、冷戦終結による平和の配当、インターネット革命による生産性の向上の後押しも受けて、財政健全化が進展したのである。金利は住宅ローン金利を通じ、市民のチャネルに作用することで、議会を動かすかもしれない。ただ、現在の金利水準は4%台から3%台後半であり、当時とはまだ開きがある。財政健全化への政治的意欲を掻き立てるには足りないかもしれない。注意すべきは、債務残高がクリントン政権発足当時の50%弱よりも現在でも2倍、将来的には(サマーズの言う通りになれば)3倍へと増えていくことである。大きな債務残高は、金利上昇に財政が脆弱になっていることを意味する。しかしながら、残高に由来する脆弱性は、政治や一般には理解されにくい。依然、共和党は減税に執着しているし、民主党はインフレ抑制法から脱落した福祉アジェンダにこだわっている。さて、「今後、アメリカ財政は健全化に向かうことができるのか」という問いに答えを与えなければならない。遺憾ながら、「今はまだその時ではない」というのが筆者の答えである。コラム1.11:トランプの選挙公約の財政的インプリケーションCRFB(2024)は、トランプの選挙公約が実現した場合の財政へ影響を試算している。具体的には、政府債務が、現行法の下で予測される水準と比較して、どれだけ膨らむかを示すものとし、2026年1月から政策が導入されると仮定の上、2035年までの10年間の債務の増加幅を示している。当試算によると、トランプの政策のもとで、1.65兆ドル〜15.55兆ドル(中央値で7.75兆ドル)の債務の増加が見込まれる。数値のレンジが広いのは、現時点での政策の曖昧さなどによるものである。予算編成権を持つ議会の動向次第で実現しない施策があれば、数値はさらに変動する。また、これだけの債務増は金利上昇と株価下落をもたらす恐れがあり、トランプが株価を重視するのなら、公約実現の程度を手加減する可能性もある。

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