図1.16:2052年の水準に債務を安定させるために必要な収支改善幅*12) 債務残高については、2053年の水準で安定するよう試算している。ヴァン・ニューウェルバーグらの試算は、恒等式関係に基づくという点で、財政制度等審議会起草検討委員会による日本財政の長期試算と同様の発想に基づく。ただし、金利にリスクプレミアムを上乗せする点では異なる。また、財政制度等審議会起草検討委員会の試算では、債務安定のための収支改善を直ちに行うのに対し、ヴァン・ニューウェルバーグらの試算では改善を将来行うと想定した試算となっている。なお、日本財政の長期試算の仕組みについては廣光他(2016)を参照のこと。*13) 景気の悪い時に赤字が膨らむため、国債への投資家は、景気の悪い時に国債保有を増やすことが必要である。景気の悪い時には資金は希少な資源であり、投資を促すためには追加のプレミアムが必要となる。景気の良い時に配当が増え、景気の悪い時に配当の減る株式がリスキーなアセットであるのも同様の理屈である。*14) βとは、株式投資の文脈では、株式市場が1%変化したときに、任意の株式のリターンが何%変化するかを表す係数である。(出典)Jiang et al., 2022に基づき、筆者作成。 32 ファイナンス 2024 Nov.難であると示唆している(Jiang et al., 2022)。アメリカのfiscal capacityを算出する上で、ヴァン・ニューウェルバーグらの取った方法には二つの特徴がある。ひとつは、現在の債務と将来の赤字の現在価値の合計が、将来の黒字の現在価値に等しいという恒等式の関係を想定することである*12。この点は、経済は収束すると仮定するブルネルマイヤーらと変わらない。第二の特徴は、割引に用いる金利として、リスクフリーレートに適切なリスクプレミアムを加算することである。この加算の妥当性を説明するため、彼らは政務債務をひとりの債権者が持つ状況を考える。プライマリー黒字はプロシクリカルで、高い景気循環リスクを抱えており、その分、追加のリスクプレミアムが必要になる*13。ファイナンスの言葉で言えば、βは正になり*14、理論的な国債価値は下がらざるを得ない。この点はブルネルマイヤーらと対照的な点である。ブルネルマイヤーらのモデルでは、国債はあくまでも安全資産であり、βは負になる。この方法論のもとで、ヴァン・ニューウェルバーグらは、(CBOの見通しに基づいて)今後30間現在の政策を続けた場合、図1.16の示す通り、恒等式を満たすために必要な2052年以降の黒字幅は、GDP比で2.16%になると試算している。すなわち、3%台後半のプライマリー赤字を伴う足許の財政からみれば、6%分もの収支改善を実現し、継続しなければならない。この試算は金利の影響を受けやすい。金利が1%上昇するだけで、必要な黒字幅は4.83%と倍以上になる。これほど金利感応度が高いのは、デュレーションのミスマッチが大きいからである。すなわち、負債サイドは5年や10年といった短期で調達しているに対し、資産サイドに置くべきプライマリー黒字の流列は200年ほどに長さになる(長期にわって黒字を続ける)。あたかも銀行が預金で借入し、長期貸しをするのと同じで、金利上昇への感応度が高くなる。ヴァン・ニューウェルバーグらは、fiscal capacityと実際の財政の姿の間の大きなギャップについて、将来の財政健全化を見込んでいるという説明のほか、保有便益やドルの地位、金融抑圧など様々な説明を検討しているものの、決定的な説明を見いだせずにいる。ヴァン・ニューウェルバーグらの研究では、将来の極端な財政健全化の実施を仮定すると、恒等式が満たされてしまうため、財政健全化の先送りを認めてしまうところがある。先送りはいつまで続けられるのか。ヴァン・ニューウェルバーグらは、別の論文で、財政赤字が続けられなくなる転換点(tipping point)が存在するのか、という問いに答えようとしている(Elenev et al., 2022)。彼らのモデルでは、ある一定の債務GDP比を転換点として、マクロ経済を安定化するために政策
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