ファイナンス 2024年11月号 No.708
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アメリカにみる社会科学の実践(第二回) ファイナンス 2024 Nov. 31ンフレ抑制のためには、6%以上へとフェデラルファンドレートを上げる必要があると指摘していた。今次の引き締めは5.5%をピークに2024年9月から利下げに転じており、サマーズの金利観は高めのバイアスを持っているのかもしれない。それでも、一部の間では財政への懸念は高まりつつある。FOMCのメンバーによる、フェデラルファンドレートの長期見通しは、かつての2.5%から2024年9月には2.875%にまで上昇し、この上昇は均衡金利の0.5%から0.875%への上昇を示唆する。ブランシャールも、金利上昇のなかで、債務が爆発しないように慎重な財政運営が求められると指摘している(Blanchard, 2023)。債務GDP比が高まり、金利への脆弱性が増すなかで、財政ハト派と目されてきたブランシャールの議論もニュアンスを変えてきている。連邦議員の間では、超党派で財政健全化を模索する動きが出ている。上下両院で、超党派で財政委員会(Fiscal Commision)を設置すべきとの法案が提出された。下院で提出されたFiscal Commission Act of 2024では、12名の議員と4名の外部専門家で構成される16名の超党派・二院合同委員会を設立する。委員会は「報告書」(委員会としての提言)と「実施法案」(報告書の内容を実施するための法案〔implementing bill〕)を作成し、委員会で投票することを求めている。報告書に盛り込む内容としては、1)連邦政府の長期的な財政状態を改善し、2)15年以内に連邦政府の公的債務の対GDP比を安定させ(GDP比100%以下に安定させる)、3)75年間にわたって(社会保障等の)連邦信託基金の支払能力を向上させるための解決策を想定する。しかしながら、政治家の間での財政への危機感は広がりを欠く。共和党は、トランプ減税(TCJA)の恒久化とさらなる法人税減税を2024年の選挙の公約に掲げ、民主党も、富裕層や法人以外への負担増には消極的である(CRFB, 2024)。両党とも年金などのエンタイトルメントの改革には後ろ向きである。2033年にも社会保障の連邦信託基金が底を尽くことが予測されている。本来、早めに改革に着手した方が痛み軽減できるのであるが、両党とも次の4年間に改革する素振りはみせない。ウェンディ・エデルバーグ(Wendy Edelberg、ブルッキングス)は、財政健全化の難しさは、健全化の利益が薄く広がるのに対し、その痛みは集中し、目にみえやすいことにあるという(Edelberg, 2024)。具体的には、30年後の債務GDP比を50%分だけ減らすことは、ひとり当たりのGNPを増やすが、30年間でのその増加幅を47%から53%に増やす程度のものでしかない。この規模の債務圧縮を実現するには、社会保障給付を25~28%カットする必要があり、薄く広く広がる債務圧縮の便益は、政治的に十分な支持を生まない恐れがあるという。(4)財政の持続可能性政治や一般の財政への問題意識はいまひとつ力強さを欠くが、経済学者の間では、財政の持続可能性への関心が高まっている。経済学者たちは、プライマリー赤字が継続し、債務が累増しつつあるにも関わらず、概ね金利が抑えられてきたという、当惑させる事態を前に頭を悩ませている。マーカス・ブルネルマイヤー(Markus Brunnermeier, プリンストン大学)らは、最終的に経済は収束するという仮定を置きつつ、景気の悪い時には安全への逃避が起きるため、国債は保有便益(convenience yield:配当などの金銭的利益を超えて、現物を保有することによる便益)を持つようになることに着目する(Brunnermeier et al., 2022)。ブルネルマイヤーらのモデルでは、保有便益でバランスすることができれば、プライマリー赤字が続くアメリカのような事態が起こることを許容する。保有便益がある時、政府はr<gとする余地が生まれ、政府はバブルを採掘することができる。ただし、保有便益の生む財政的な余力には限界がある、バブルを崩壊させないために国債の安全資産としてのステータスを維持することが必要で、そのために増税が必要となることもある。ウイリアム・ダイアモンド(William Diamond、ペンシルベニア大学)らの推計によると、アメリカ国債の保有便益は35bp程度にとどまる(Diamond and Van Tassel, 2022)。この推計は、資産価格理論から安全資産のリターンを求め、その理論上のリターンと実際のリターンの差によって求めたものであるが、この程度の保有便益で説明できることには限りがある。スティン・ヴァン・ニューウェルバーグ(Stijn Van Nieuwerburgh、コロンビア大学)らは、資産価格理論からどの程度まで債務を抱えることができるか(fiscal capacity)を測り、現在の債務水準は説明困

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