*11) 国防については、表1.3の示す通り、2023年度の国防は3%と過去の平均の4.2%を下回る。グリーンについては、財政支出の形をとるかは政策判とを懸念している。アメリカ人の多くが、メディケイドで介護をみてもらえると誤認し、自ら貯蓄し、老後に備えるインセンティブを持たない。実のところ、メディケイドは貧困層を対象とするミーンズテスト付きのサービスである。貯蓄を食いつぶし、無資産となりはじめて受給できる。いよいよ受給をはじめても、その水準は中間層のニーズを満たすものではない。中間層向けに保険を活用する余地はないのか。アメリカの民間介護保険には失敗の歴史がある。四半世紀ほど前には民間介護保険を買うことができたが、現在はニッチな存在に過ぎない。民間保険は二つのミスを犯したといわれる。ひとつは保険数理的なミスである。アルツハイマーに罹りながら、長期にわたり手厚いケアを受ける時代がやってくるとは予想していなかった。第二はプレミアムの設計を誤ったことである。当時のプレミアムは、若い頃は低く、年齢が上がると上がるようになっていた。ところが、年齢が上がるにつれて、多くの者が保険からドロップしていった。結果的に保険会社の破綻が起こり、保険市場が失われた。今後とも民間による介護保険の提供を妨げる事情がある。技術進歩で多くの者が介護を受けながら、長く生き延びるリスクが、引き続き保険を脅かす。また、要介護となるか否か相当以前から予測できるようになりつつある。若い時に保険に入れ、介護の見通し如何に関わらず、保険に加入し続けるよう担保しないと保険として機能しない。さらに、生命保険とは異なり、介護が必要かどうかには主観が入る。介護の必要性の判定は民間保険の手に余る。AARP(旧American Association of Retired Persons、アメリカ退職者協会)は、かつて定年の廃止に力をふるい、医療制度改革(ACA)でもオバマ政権を支援した団体であるが、現在は介護の穴を塞ぐことを活動の重点のひとつとしている。ジーン・アッキウス(Jean Accius、AARP, SVP)によると、AARPは民間保険に政府が一定の支援をする制度の普及を目指して活動しているという。州によっては官民連携のプログラムを提供している例がある。ワシントン州では、給与の0.58%を納めれば、上限で月35,500ドルを受給できる保険が2022年から入っている(Moritz-Baune, 2021)。アメリカでは、ACAがマサチューセッツ州の取り組みに由来することはよく知られている。介護でも州の取り組みが、将来の改革の導火線になるかもしれない。断であるが、気候変動を真剣に考える限り、政府によるものにせよ、民間によるものにせよ相当の投資が必要になる。(3)マイルドな危機感の醸成 30 ファイナンス 2024 Nov.CBOの見通しはアラーミングなものであるが、実際の財政はもっと危機的な状況にあるとの指摘もある。ここでもサマーズがバイデン政権の財政運営への批判者として登場する。サマーズは、2023年5月の講演で、講演時のCBOの長期財政見通しでは、10年後(2033-42)の赤字が7.4%であったところ、現実的に考えると、11%もの赤字を見込む必要があると指摘した(PIIE, 2023b)。具体的には、想定金利を1%分引き上げる必要があり、そのため1.3%だけ赤字が拡大するとした。また、安全保障環境に鑑みると、国防費が3.5%から2.8%に減ると見込むのは非現実的とし、国防のために赤字は1.3%悪化するとした。トランプ減税(TCJA)についても、法の規定通り失効するとは見込めず、一部延長を想定し、0.5%分の赤字要因になるとした。その他、技術的な歳入の発射台の修正などと合わせて、10年後には11%程度の財政赤字となり、債務残高GDP比は145%まで増えるとした。なお、サマーズは(自分が間違えている可能性を指摘しつつ)AIによる今後の生産性改善の効果を織り込んでいない。この大幅な赤字への対策として、高所得層への増税、法人増税を図るとしても、せいぜい2.5%程度の収支改善効果しか見込めず、アメリカは前例のない財政危機にあるとした。サマーズの見通しのなかで最も議論があるのが、想定金利の引き上げであろう。引き上げは、国防やグリーン化投資のため*11、低金利の時代が終わり、1%程度均衡金利(r*)が上昇する(従前の0.5%が1.5%に上昇)という認識に基づく。サマーズは、債務GDP比が1%増えると、金利が2-3bp上昇するとの認識のもと、今後債務比率が50%上昇するのだから、100bp(1%)の金利上昇を見込むことは妥当だとする。彼の考えには反論もあり、学界のコンセンサスとなっているわけではない。ブランシャールは、コロナ禍以前の低金利の状態に戻り、均衡金利は上昇しないとの立場を取った(PIIE, 2023a)。金利の債務への感応度は小さく、債務残高が増えても、金利はさほど上昇しないという見解も聞かれる。従前、サマーズはイ
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