ファイナンス 2024年11月号 No.708
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表1.3:CBOの財政見通し(会計年度、GDP比パーセント)表1.4:CBOの経済見通し(暦年)アメリカの社会科学の特徴のひとつに飽くなき数値化の追求がある。質的な事柄であっても数値化し、客観的な決定に役立てるという発想が一貫している。費用対便益分析において、便益や費用を数値化するのに用いられているのが、支払意思額(WTP:Willingness to Pay)や売却意思額(WTS:Willingness to Sell)という概念である。WPIやWTSに基づき、アメリカでは、命にまで値段をつけることが当たり前になっている。「統計的生命価値(VSL:Value of Statistical Life)」の利用である。キップ・ヴィスクシ(Kip Viscusi、ヴァンダービルト大学)は、VSLを連邦政府に定着させることに主導的な役割を果たした(Viscusi, 2018)。ヴィスクシは、労働者が危険な仕事に就くためにどれだけの金銭を要求するか(WTS)をサーベイから求め、その金額から計算したVSLを用いることを提案した。VSLの数値は、従前の指標(cost of death)よりも10倍高いものになり、現在の価値で1,000万ドルになった。連邦政府でVSLの採用が進んだのは、理屈面での頑健さに加え、より大きな数字を用いることが、規制当局にとって自分たちの規制を正当化する可能性を高めたことが効いたという。VSLは費用対便益分析に組み込まれ、規制の評価に広範に用いられている。(出典)CBO, 2024に基づき、筆者作成。実質GDPPCE失業率10年金利(注)実質GDP,PCEは第4四半期間変化率(パーセント)、失業率、10年金利は年平均。(出典)CBO, 2024に基づき、筆者作成。2023実績2024202520262027-282029-343.12.83.54.02.02.73.94.52.02.14.04.11974-2023平均2023実績202417.224.214.75.15.83.22.63.86.33.03.117.3歳入21.0歳出11.0義務的経費4.4 うち社会保障3.4   医療2.1   (メディケア)   (メディケイド等)1.33.2   他の義務的経費8.0裁量的経費4.2 うち国防純利払い2.1▲3.7財政収支▲1.6プライマリー収支債務48.31.81.94.23.71.71.94.43.61.82.04.54.0203418.016.524.922.715.313.96.05.06.85.84.23.12.62.72.53.15.56.42.83.04.12.4▲6.2▲7.0▲6.5▲6.9▲3.8▲3.9▲3.1▲2.797.3101.6122.4202517.023.513.95.25.73.12.53.06.23.03.499.0(2)財政の現状 26 ファイナンス 2024 Nov.コロナ対策としての財政出動が過大なもので、インフレを惹起したことはすでに述べた。しかしながら、アメリカ財政の問題は一過性のコロナ対策にとどまるものではない。完全雇用下での巨額の赤字という構造的問題を抱えている。表1.3は、CBOによる、2034年度までの財政・経済見通しの概要である(CBO, 2024)。2023年度の収支が、完全雇用下にも関わらずGDP比6.2%の赤字であることはすでに述べた。CBOは、今後とも7%に迫る赤字が続くと見通している。歳入面で留意すべきは、2025年末にトランプ減税(TCJA)の一部の失効が予定されていることである。CBOの見通しは法の規定通り、そのまま失効することを前提とするため、2027年度までに18.0%までの歳入回復を見込んでいる。歳出は2023年度の22.7%から2034年度には24.9%へと増勢を続ける。年金・医療・介護等の義務的経費が2023年度の13.9%から2034年度には15.3%と増加する(医療・介護については、コラム1.8,1.9,1.10を参照)。2024年度、利払い(3.1%)が国防(3%)を超える見通しとなったことにはすでに触れたが、利払いは2034年度には4.1%まで拡大する。財政収支をプライマリー収支と利払いに分けると、2024年度では、プライマリー赤字(3.9%)が、利払い(3.1%)を上回っている。ただ、この関係は2025年度以降逆転し、2034年度には、プライマリー赤字の2.7%に対し、利払いは4.1%にも及ぶ。プライマリー赤字もさることながら、利払いが財政の重荷になることが見込まれている。財政赤字を受けて、債務GDP比は増勢をつづける見通しである。2023年度で97.3%の債務GDP比は、2034年には122%にまで上昇する。別途、CBOが公表している長期の財政見通しでは、2054年度の債務GDP比は166%まで上昇する。表1.4は財政見通しの経済前提(予測)である(CBO, 2024)。定常状態を示唆する2029-34年の数値を確認する。インフレはPCE(Personal Consumption Expenditure)でみて2.0%とFRBのインフレターゲットと一致する。失業率は4.5%、10年金利が4.0%となる。10年金利は、コロナ禍直前の2020年1月公表の見通しでは、2025-30年で3.0%であり(CBO, 2020)、コロナ禍を経て1%も上昇している。この上昇が利払いを通じた財政悪化のもとにある。

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