アメリカにみる社会科学の実践(第二回)OMBは日本の組織でいうと、財務省主計局のような予算部局というイメージがあるが、OMBのMはマネージメントであり、日本の内閣府、行政評価・行政管理に近い業務も行っている。その重要なパーツとして、OMBは費用対便益分析の指針を管理しており、その活用を通じて資源配分に影響を与えている。2023年11月、OMBは当指針の20年ぶりの大改定を提案している(OMB, 2023)。提案のひとつは、所得分配に応じて便益の数値に掛けるウェイトを変化させることである。この提案が採用されると、より貧しい人が裨益する規制・プログラムを、より高く評価することになる。具体的には、下位5分位の人に生じる便益を、中央値5分位の人に生じる便益の約6倍、上位5分位の人に生じる便益の約40倍に加重するという、「革命的」とも評される見直しを提案している(Sidley, 2023)。従前の費用対便益分析では、ある人に生ずる便益を、その人の所得水準に関わらず、単純に足し合わせるものとしてきた。この見直しは、マシュー・アドラー(Matthew Adler、デューク大学)らが取り組んできた、費用対便益分析をもとに社会厚生関数を構築するというアイデアに由来している(Adler, 2019)。社会的観点からみれば、貧しい人の幸福に重きを置くべきであるから、貧しい人の便益にウェイトを置くべきという考えである。もうひとつの提案は、時間割引の見直しである。ある施策の便益が将来にわたって発生する時、将来の便益は割り引いて算入する。従前の指針では、資本の機会費用(すなわち、資本投資の期待成長率)を反映した7%の「基本割引率」と、社会的時間選好率(すなわち、社会が現在の消費と将来の消費を交換してもよいと考える率)に近似した3%という、ふたつの割引率を定めていた。費用対便益分析では、問題となっている費用や便益が資本に影響する場合は7%の方がより正確な尺度であり、問題となっている費用や便益が消費に影響する場合は3%の方がより正確な尺度であると理解し、便益が費用を上回るかを分析してきた。今回の改定案では、単一の2%の割引率を定めることを求めている。この提案は、政府のプロジェクトを評価する基準であるから、連邦政府の機会費用として、政府の調達コストを参照すべきという考えに由来する。20年前に比べて、金利が趨勢的に低下してきたことが、2%の根拠になっている。この見直しによって、現在は費用がかかるが、遠い未来に便益を生む規制等が、妥当と評価される可能性が高まる。気候変動対策はそのような規制等の典型である。これらの見直しが直ちに定着するとは考えられない。貧しい人たちにどの程度のウェイトを置くべきか、人によって意見が異なる。割引率についても、民間の活動への規制を評価する際には、政府によって置換される民間投資の機会費用を用いるべきとの考えも根強い。これらの点はいずれも党派間で意見の隔たりの大きい問題でもある。いずれにせよ、OMBが大きな社会的影響を持ちうるツールを持ち、格差や気候変動など時の課題の解決に向け、その活用に前向きであることは興味深い。OMBの攻めの姿勢は、費用対便益分析に限ったことではない。OMBは、Justice40という、連邦政府の環境投資から得られる利益の少なくとも40%を経済的に不利な地域に還元する取り組みについての指針も管理している(The White House, 2023)。 (出典)CBO, 2023に基づき、筆者作成。表1.2:CBOの経済予測の成績評価(政権、民間との比較)5年先の予測2年先の予測CBO政権民間CBO政権民間実質GDP成長率平均誤差0.0二乗平均平方根誤差1.3失業率平均誤差0.0二乗平均平方根誤差1.0CPIインフレ平均誤差0.1二乗平均平方根誤差1.1注) 2年先は1980年から2021年のデータ、5年先は1979年から2018年までのデータを使用。ただし、消費者物価の2年先については、1981年から2021年のデータを使用。0.31.50.01.30.21.10.51.2-0.11.00.01.0-0.11.1-0.31.20.20.60.10.70.11.10.21.10.11.0-0.21.10.30.8ファイナンス 2024 Nov. 25CBOが歳入もみつつも支出に重点を置くのに対し、JCTは歳入に特化している。JCTの委員長は上院財政委員長と下院歳入委員長が交代で務める。そのもとにスタッフとして弁護士、会計士、経済学者が配され、税立法プロセスのあらゆる側面に関与している。具体的には、法案の作成と分析を通じた委員会と議員への支援、すべての税法の公式歳入見積もりの作成などに取り組んでいる。JCTの委員長は政治家であるが、JCTのスタッフは、議員やそのスタッフと秘密裏に交流し、両党・両院から高い信頼を勝ち得ている。インフレ抑制法の策定は上院の民主党院内総務のシューマー議員とマンチン議員の間で秘密裏におこなわれ、その策定をJCTのスタッフが技術的にサポートしたと言われる。格差・気候変動問題への介入コラム1.7: 行政管理予算局(OMB)による
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