アメリカにみる社会科学の実践(第二回)*6) この部分の執筆に際し、渡瀬(2012)、石垣(2023)を参照した。ブルームによると、リモートワークは経済に多岐にわたる変化をもたらす可能性がある。すでに明らかになっていることでは、人が集まるという都市の経済環境(不動産価格、消費地)に与える影響がある。さらに、リモートワークにより、従業員はより幸福を感じ、生産性が増加し、多様性が進む、アウトソーシングが進み、スタートアップにとってはビジネスチャンスにもなる。女性の労働参加が、企業経営や経済のみならず、男女や家族の在り方など社会的に大きな影響を与えたのと同様の変化がこれから起こるという。他方、リモートワークには、職場でのトレーニングの機会を損ない、女性や若い労働者の離職を高めるなどのデメリットの指摘もある(Emanuel et al., 2023)。ブルームも、企業レベルでは、リモートワークの影響はメリットとデメリットが相殺し合うことで中立的であるとみる。しかしながら、リモートワークがより遠くに住む人材を活用する道を開くこと(労働市場のインクルージョン)を考慮すると、ブルームは、マクロ全体の影響はプラスになる可能性が高いと指摘する。外国の優れた人材の活用はもちろん、高齢者などのフルタイムで働くことが難しかった人々にも機会が広がり、このことは高齢化と無縁ではないアメリカにとっても有益である。2024年になってアマゾンが週5日の出社を義務付けるなど、リモートワークには揺り戻しの動きある。企業レベルでの影響が平均的に中立ならば、縮小する企業があることは不思議ではない。まだ、社会はリモートワークについての定常状態に達したわけではないのだろう。ただ、社会が新たに得たリモートワークの機会を手放すことはなく、働き方と社会のあり方を変え続けるであろう。 ファイナンス 2024 Nov. 235.アメリカの財政(1)制度的建付け*6をする人間への需要は残り続ける。判断のできる人間が希少であれば、彼らは高給を得るだろう。供給側(労働者)はどうか。アメリカの現状をケインズの時代(1930年)と比べてみると良い。生産力においては、アメリカの一人当たり実質所得は、1930年から現在までに約7.4倍増加した。ケインズは100年間で(イギリスの想定で)所得が四~八倍になると予想していた。目覚ましい経済的前進にも関わらず、ケインズの予想ほどには労働時間は減っていない。アメリカでは1929年の週46時間労働が2024年に週34時間に減っただけである。なぜ長時間労働はなくならないのか。ケインズの枠組みで解釈すれば、「絶対的必要」ではなく、人々は「相対的必要」に突き動かされていることになる。アメリカ人は、「俺はあいつよりもいいものを食っている」という動機に、ケインズの想定以上に駆られている。ただ、このことは悪いことばかりではない。かつては社会階層が固定的であったから、「相対的必要」が頭から抑え込まれていたのである。自由で平等な社会は「相対的必要」を目覚めさせる。「相対的必要」を忘れさせるには、それこそ「文化大革命」が必要となる。労働の需給分析の示唆することは、アメリカ経済に至福が到来することはないということである。需給法則の示すのは、AIのできない判断をする高給取りと持たざる人々へと二極化が進行し、高給取りの間で「相対的必要」の充足を競いあうゲームがますます高次の水準へと高まっていくという展開である。あるいは、二極化の極まるその時、文化大革命が高級取りを圧し潰す瞬間がやってくるかもしれない。その時、アメリカに至福が訪れるといって良いだろうか。アメリカと日本では、財政の制度的建付けが異なるため、はじめにこの点について触れるのが良いだろう。根本の違いは、大統領府(行政府)に予算編成権がなく、連邦議会が予算を編成することである。大統領による議会での一般教書演説(例年1月末~2月中旬)につづき、行政管理予算局(OMB:Office of Management and Budget)から、同演説で示されたコラム1.6:リモートワークの影響AIのほか、アメリカ経済の様相を変える可能性のある動きをあげるなら、リモートワークがあがるだろう。リモートワークは、コロナ禍前にはずっと増えなかったのが、コロナ禍とともに一気に増え、パンデミック終息後再び減ってきている。ただ、もとに戻ることはなく、もとの水準からはかけ離れた高い水準が定着するとみられている。アメリカでの自宅から勤務する日の割合は25%程度であるという(Bloom, 2024)。
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