4.アメリカ経済のダイナミズム(1)生産性、技術革新財務総合政策研究所客員研究員 廣光 俊昭 20 ファイナンス 2024 Nov.ワシントンが財政で経済を加熱させ、重商主義的政策に走る傍らで、アメリカ経済は力強い成長をみせた。成長の背後には、柔軟な労働市場、移民の流入などがあるとみられるが、ここでは中長期的な生産性や技術革新について議論したい。とりわけ耳目を集めているのがAIである(AIについで関心を集めるリモートワークについてはコラム1.6を参照)。ChatGPTの2022年後半の登場により、その広範な利活用の道が拓かれ、成長への期待を高めている。現在のところ、AIの生産性への効果は統計上確認できないが、ゴールドマン・サックスは、AIの広範な社会受容ののち10年の間、先進国で年1.5%もの労働生産性の改善が期待できると試算する(Goldman Sachs, 2024)。図1.12は労働生産性の伸びの戦後以来の推移をみたものである。第一に、生産性の伸びが趨勢的に低下していることが読み取れる。第二に、1990年代の後半から2000年代の前半にかけて3%超の高い伸びが復活したこと、第三に、2000年代半ば以降、生産性の伸びが著しく減退したことがみて取れる。1990年代後半からの伸びは、インターネットの登場・普及によるものとされる。それ以降も情報技術の進歩が続いたにも関わらず、生産性の伸びが鈍化したことは、経済学者の間に議論を呼び起こした。ニコラス・ブルーム(Nicholas Bloom、スタンフォード大学)らは、よいアイデアが経済を通じて枯渇しつつあると論じた(Bloom et al., 2020)。戦後、研究に注ぐ努力(研究者の数)は増える一方であるが、全要素生産性は次第に低下しており、このことは研究の生産性が大幅に低下していることを意味する(図1.10)。半導体のムーアの法則でいえば、コンピューターチップの密度を2倍にするために必要な研究者の数は、1970年代初頭に比べて18倍以上になっているという。ジェイン・オームステッド-ラムゼイ(Jane Olmstead-Rumsey、LSE)は、アメリカのデータを用い、ブルームの議論を補完し、2000年代半ば以降の停滞の説明を与えている(Olmetead-Rumsey, 2019)。トップ企業と非トップ企業の比較では、新技術の創出により競争を塗り替えることができる、非トップ企業の方が研究開発に積極的であると考えられる。確かに2000年頃まではその通りであった。ただ、オームステッド-ラムゼイは、2000年過ぎを境に非トップ企業の投資が下方に屈曲していることを見出した。2000年以降、インターネットが陳腐化し、漸進的技術進歩が支配的になり,非トップ企業による逆転が困難になったからであるという。目下、AIがアイデアの枯渇の反例となるか、関心の的となっている。AIの登場を1995年のインターネットの民間開放に比定するなら、今後、10年間ほど3%超の生産性向上を期待してもよさそうである。ゴールドマン・サックスの予測はこのストーリーと合致する。もっとポジティブに評価するのはグーグルCEOのピチャイで、彼は電気や火の発明よりもAIは大きな変化であると述べる。アビ・ゴールドファーブ(Avi Goldfarb、トロント大学)は、電気が1890年に使用されはじめてから、広範に利用されるようになるまで40年かかったと指摘する(Goldfarb, 2024)。電気の発明だけではなく、関連インフラが同時に発明(co-invent)されて、はじめて電気の普及は進んだという。ゴールドファーブは、AIにもco-inventionが必要であるとしつつ、AIには発明の道具の発明という面があり、この手の発明は、指数関数的な成長を引き起こす可能性があるとする。アメリカにみる社会科学の実践 (第二回)―2020年代の経済・財政(2)
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