ファイナンス 2024年11月号 No.708
17/106

黒田東彦前日銀総裁、東京大学講演「財政金融政策に関する私の経験」(後編) ファイナンス 2024 Nov. 13に与える期待の影響はよく知られており、物価上昇に関する予想形成が実際の物価上昇率へ与える影響もよく知られるようになりました。したがって、期待や予想に影響を与える政策当局のコミットメント(物価安定目標や財政健全化目標など)も極めて重要だと考えられます。本学の教授や学生の方々が、経済学などの理論を通じて、あるいは実務を通じて、今後、財政金融政策がより一層適切に運営されるよう様々な貢献をされることを期待し、私の講演を終わりたいと思います。何かご質問がありましたらお受けします。皆様方か色んな質問があればいただきたいと思います。学生:ありがとうございました。オックスフォード大学に留学されて、働きながら多くの論文を書かれたと思うのですが、留学経験はどのように役立ちましたか。黒田前総裁:非常に面白かったのは、私はウースターカレッジというカレッジに所属していましたが、基本的にundergraduate(学部生)が多いカレッジでしたので、graduate student(大学院生)が10数人しかいなかったのです。そこで経済学をやっている人は、もう一人アメリカ人の留学生がいただけでしたが、カレッジでの生活はなかなか面白かったです。大学院としても講座やゼミがあり、一番面白かったのは、ヒックス名誉教授がゼミをしておられました。アメリカの大学の先生とか、元中央銀行総裁とか、色んな人を毎回ゲストスピーカーとして呼んで話させたうえで、大学院生に色々議論させて、最後にサミングアップといって、一つの結論をヒックス名誉教授がされるのですけど、それが実に巧みなんですね。今でも覚えているのですが、イングランド銀行の理事に英国の金融政策の話をさせ、散々皆で議論した後に、ヒックス名誉教授が、イングランド銀行がわずか0.25%とか0.5%ほど公定歩合を引き上げただけで景気の過熱が止まったり、物価上昇率が下がったりするのはなぜかという議論をしたわけです。というのは、0.25%とか0.5%というその金利の引き上げ効果ではなくて、そういうことをすることによって、今後必要があればいくらでも公定歩合を引き上げるぞという決意、姿勢を示していると。つまり、今の言葉でいうとコミットメント、期待ですね。そういうことを実に今から50年位前にヒックス先生が言われたのですね。それをずっと覚えていまして、私が日銀の総裁になってから、なぜ期待とかコミットメントと言うかというと、1つはゼミの2年間が非常に印象的で面白かったということも背景にあります。もう一つは全く別のことで、当時はもうリタイアしていましたが、ハロッド先生が『ロンドン・エコノミスト』の中で面白い議論をしていました。経済がものすごく加熱して、総需要が総供給を大きく上回っている時には、財政金融を締めたらインフレがおさまる、逆に今度は供給過剰で需要不足の不況という時に緩和すれば、物価は上がっていくのですが、その中間では、財政金融を締めると、規模の経済とか寡占経済とかの英国ではむしろコストプッシュになって、金融を締めたらむしろ物価があがってしまうということがありえる、ということを彼は主張したのですね。多くのエコノミストは批判して、そういう「ハロッドの二分法」は間違っていると言ったのですが、当時の英国は金融を締めても全然インフレが落ち着かない

元のページ  ../index.html#17

このブックを見る