ファイナンス 2024年11月号 No.708
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*2) Getting Monetary Policy Back on Track, 2024, Hoover Institution Press の拙稿“In■ation Targeting in Japan,2013-2023”参照 12 ファイナンス 2024 Nov.生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続することとしました(「オーバーシュート型コミットメント」)。こうした金融緩和策の下で、経済は潜在成長率を上回る1%台の成長を続けており、企業収益は過去最高のレベルで、失業率も3%以下とほぼ完全雇用状態になっているため、物価上昇率は2%の目標に向けて着実に上昇していくと考えられました(もちろん、経済物価情勢次第で、2%の物価安定目標を達成するために必要になれば、追加措置を採る用意はありました)。ところが、2020年に入ると、コロナ感染症が急速に拡大し、政府による緊急事態宣言も出されるなかで、消費が激減し、成長率も、2020年には-4.1%に落ち込み、再びデフレになる恐れが出てきました。そこで、政府が雇用調整助成金やゼロゼロ融資で企業を支援しているのに合わせて、日銀も、コロナ感染症対応金融支援特別オペを2020年春に導入し、2023年春に廃止されるまでに、90兆円を超える利用がありました。いずれにせよ、この間、マイナス成長や物価下落がありましたが、失業率は一時的に3%に達したことがあったものの、基本的に3%以下を続けたのです。さらに、2022年2月に、ロシアがウクライナに侵攻し、原油価格がバレル80ドル程度から120ドルまで急上昇し、日本の貿易収支が大幅な赤字になるとともに、1ドル=115円だった為替レートが円安に向かい、10%前後のインフレになった欧米の中央銀行が政策金利を0%程度から5%程度に引き上げたところ、金利格差が拡大し、150円程度まで円安が進みました。2022年秋に、政府は大幅な為替介入を行い、一時的に130~140円程度まで円高になったものの、その後、次第に円安に戻っていきました。こうしたなかで、輸入物価が約40%上昇し、消費者物価も2022~23年には3%程度上昇し、2023年の春闘では、史上空前の企業収益と極めてタイトな労働市場の下で、30年ぶりに、賃上げが3.6%程度に達したのです。2021年まで続いた「賃金も物価も上昇しないというノルム」(長期インフレ期待が0%程度にアンカーされた状態)が、崩れ始めたと言えます。その後、2024年の春闘では、大企業は5.1%の賃上げ(定昇除きで3%前後の賃金上昇)、中小企業でも4.5%の賃上げと33年ぶりの賃金上昇になっており、賃金と物価の好循環が始まりつつあると見られ、日銀は、2024年3月に、マイナス金利の解除やイールドカーブ・コントロールの廃止などを決め、金融政策の正常化を始めたのです*2。の経験から、私はいくつかの教訓を得ました。まず、第一に、財政金融政策を考える場合、経済学(あるいは「法と経済学」)の理論を理解することは不可欠であり、経済学者からのアドバイスもきわめて有益であるということです。ただ、具体的な状況において、何を目標にしてどのような政策を考えるかに応じて適切な理論(モデル)を選択する必要があり、かつて期待されていたように、唯一無二のマクロ経済モデルがあって、政策目標値を代入すると政策手段値が示されるようなことは期待できないと思います。第二に、財政金融政策を考えるにあたっては、政策の余地(「ポリシースペース」)を規定する経済的・社会的・政治的な制約を考慮し、現実に可能な政策オプションの中から最適なもの(コスト・パフォーマンスが最善のもの)を選択する必要があります。経済学が教える通り、コストはすべて機会費用であって、代替可能な政策との比較においてのみ政策のコストも議論できるのです。第三に、経済には予期せざるショックが及ぶことがあります。日本経済は、過去56年間にも、ニクソンショック、2度の石油ショック、バブル崩壊、阪神淡路大震災、アジア通貨危機、リーマンショック、東日本大震災、コロナ感染症、ウクライナ戦争など数多くのショックに見舞われました。このような場合、ルーティン的な財政金融政策を越えた決断が求められますが、そこでは内外の過去の事例に学び、素早く決断することが重要だと思われます。第四に、財政金融政策、ことに金融政策において、期待や予想の果たす役割は重要です。金利の期間構造おわりにこれまで述べてきた財政金融政策に関する56年間

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