POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPANPRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 36過去の「PRI Open Campus」については、 財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html「ランチミーティング」講演資料は、財務総研のウェブサイトからご覧いただけます。https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/lmeeting.htm財務総合政策研究所 94 ファイナンス 2024 Oct.たのは、雑誌や新聞で活躍していた経済評論家です。円安水準である新平価での金解禁を主張した高橋亀吉の主張をご紹介します。高橋亀吉は財政支出が経済の拡大につながれば問題ないとして軍事費を含む財政拡張を積極的に支持し、高橋是清による健全財政への回帰方針を強く批判しました。健全財政は「古い」資本主義の象徴であり、国防及び農村救済のために財政赤字を容認し公債を増発することが、資本主義を修正する「維新」「革新」であると考えられるようになりました。3.戦時期における財政拡張の帰結その後、日中戦争勃発による多額の軍事費支出が当然視され、経済学者も軍事費支出の限度を語ることは少なくなっていきます。有沢広巳東京帝国大学経済学部助教授は総合雑誌の座談会で「膨張する国防費もこれ以上はダメだという限界を経済的に確定するのが経済学者の任務だ」と問われましたが、それに対して「経済はある程度弾力性をもっているのだから、例えば国民生活を10パーセントも切りつめれば、15億円ぐらいの軍事費はすぐひねりだせるので、そんな限界は引けない。国民が引き下げられた生活程度に耐えうるかどうかが問題だから、やはり政治の問題だ」と答えます。軍事費支出の拡大を正面から批判できないとすればどうするかということで、浜口内閣の緊縮財政を批判していたジャーナリストの石橋湛山は、日中戦争後は一転してインフレ抑制の必要性を訴えます。石橋は、貿易が不可欠な状況で日本だけ物価が騰貴すれば円の為替相場が暴落して輸入が困難になるとして、増税によるインフレ抑制を強く主張します。石橋はまた、インフレを抑えるためには生産力拡張を遅らせたり休止したりすることもやむを得ないとしましたが、これは日中戦争のために生産力拡張を強引に進めようとする軍部への間接的な批判でもありました。しかしながら、こうした石橋の主張も戦争へと向かう流れを止めることはできませんでした。一方で高橋亀吉は、満州事変と同様に日中戦争についても、勝利すれば中国市場を獲得できるので公債の返済も大きな問題はないと主張します。しかし、現実には日中戦争により財政膨張に歯止めがかからなくなり、日本が経済力を超えた軍事費支出を行って軍需物資や機械類の輸入が急増しましたので、外貨を節約するための貿易為替管理や、インフレ抑制のための物価統制・配給制などが必要になりました。特に外貨制約が厳しくなると、外貨に頼らない資源獲得が目指され、「大東亜共栄圏」を作ろうとする動きが強まり、それが太平洋戦争につながっていくことになります。こうした状況の中、実際の資金調達を担った大蔵省では、迫水久常理財局金融課長兼企画院書記官の主導で国民所得を推計し、それを基に公債消化に必要な貯蓄額が閣議決定されました。そしてこれを達成するために、国家資金動員計画により貯蓄奨励が行われることになるのです。しかし実際には、終戦後の激しいインフレにより国債と国民の貯蓄の価値は激減し、財政は「再建」されることになります。意図せざるシムズ理論(FTPL:物価水準の財政理論)の実践と言えるのかもしれません。今回ご紹介した戦時期の様々な「新しい財政理論」は、その多くが特定の政策を行う後付けの理由として使われたことが見て取れます。「新しい財政理論」に振り回されることなく、現代のEBPMと歴史上の事例の研究を合わせ、「どのような財政政策なら社会を安定させられるか」を考えなければならないでしょう。一方で現在、政府に対する不信感は強いものがあると思います。また、「財政再建」という言葉には緊縮・増税というイメージも根強いようです。財務省が行う施策が国民に信頼されるためには、お金を賢く使うワイズスペンディングを積極的に進めていくことも必要ではないでしょうか。
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