92 ファイナンス 2024 Oct.も多くなっています。私たちが2022年に行ったインターネット調査では、日本政府の財政は良くない状況であり改善すべきである、という意見に対して、「どちらかといえば賛成」ないし「賛成」を選んだ回答者の割合は89.8%でした。これらの結果を見ますと、日本の有権者の多くは他の先進民主主義国の有権者と同様に、このまま財政赤字を拡大し続ければ良いと考えているわけではないと理解できます。3.なぜ具体的な財政再建行動につながらないのか財政再建への世論の支持を得る上で第1の障壁となるのは、有権者が財政に関する情報を十分に得られておらず、判断ができない状況にあるという問題です。不足している情報には2つあり、1つはどこまでの財政赤字ならば大丈夫なのかが分からないという問題です。これは政府が提供する予測情報が現実のものよりやや楽観的なものになっているということによって拍車がかかっています。もう1つは、財政赤字の回避にはどの程度の財政見直しが必要なのかが分からないということです。障壁となる第2の要素は有権者が抱く不信です。欧米先進諸国での実証研究では、有権者は政府への不信を抱くと財政改革を支持しなくなることが示されています。財政に関する不信は3つに大別できます。1つ目は、他の納税者に対する不信です。日本ではクロヨンとかトウゴウサンピンといった議論が古くから語られてきましたが、給与所得者の課税所得捕捉率は比較的正確であるのに対して、それ以外の人々の課税所得の補捉率は低いのではないかという懸念が巷で議論されています。2つ目は、政府の財政政策に対する不信で、例えば政府の無駄遣いに対する不信です。3つ目として、後続世代への不信があります。一般に社会保険料を支払ってから政府のサポートを得られるまでにはタイムラグがあり、老後の社会保障が得られるのかという懸念は、少子高齢化が進む日本において多くの有権者が感じています。さらに日本では、いくつか追加的な課題も見受けられます。その1つが財政赤字の深刻度に対する認識が共有されているからこそ広がっている「認知バイアス」で、2つの仮説が提唱されています。1つは、私たちは最初に得られる利得や損失よりも後に生じる利得や損失の方を小さく感じるというものです。日本では人々の間で財政赤字の認知が広がっているからこそ、追加的に増える財政赤字に対する反応は、財政赤字が発生した当初の衝撃に比べて弱くなっているわけです。もう1つは、利益に関してはリスクを避けるけれども、損失を被っている場合はリスクを取ってでもその損失をなくすような手段を人々は選びがちだというものです。地道で堅実な財政再建プランを立てるよりも、景気が突然大幅に良くなって、財政再建の道筋が立てられないかという淡い望みにすがりつきたくなる。このような認知バイアスは日本で少なからず広がっていると考えられます。さらに、日本では世代によって「普通の景気」と受け止められる水準が異なる点も問題を複雑にしています。人々は「普通の景気」の基準点を若い頃に形成しますが、日本の場合、50代以上の世代において「普通の景気」の水準が高くなる傾向が見られます。従って、上の世代になるほど今の景気を悪いと感じ、財政出動が必要だという考えから、財政再建すべきという議論が支持されにくくなる要因になっています。このことは、世代を超えて財政再建すべきタイミングの合意を得ることを難しくしていると考えられます。4.有権者が財政再建の支持に踏み出すためにはこのような事態に対して既存研究から出される対応策は、政府の透明性を高めるというものです。具体的に3つ考えてみたいと思います。1つ目が昨年よりも脱税や政府の無駄遣いが減ったという報告です。例えば、デジタル化やAIの活用と人的資源の配分を見直すことで会計検査院や国税庁の調査能力を高め、調査結果と予算編成の連結を図ることで対応ができる可能性があります。2つ目は有権者に寄り添った具体的な財政再建案の報告です。これには精緻な世論調査により有権者の選好を把握することが求められます。近年では、歳出削減や増税など、様々な政策を組み合わせた政策パッケージにおいて、パッケージを構成する各政策に対する世論の選好とその政策を重視する度合いの分析を可能とする「コンジョイント分析」という手法が注目を集めています。3つ目は、有権者に示した財政再建案が予定通りに達成されたという報告です。財政再建の要は、政府が提供する財政再建案が達成可能な実効性のあるものだと世論に信頼してもらえるこ
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