90 ファイナンス 2024 Oct.雑に交錯する構造を作ったわけです。中央銀行が国債を保有すると何が起きるかと言うと、金融緩和政策の効果発現が財政政策の与件となり、長期金利が低下します。それによって、r(長期金利)とg(GDP成長率)の関係が変化するということが起こります。その結果、金融緩和によって「r-g<0」の関係が固定化され、政府債務の持続性が増すという構造も存在しています。そもそも非伝統的な金融政策により中央銀行が国債を保有すると、なぜ長期金利が低下するのでしょうか。これは政府と日銀のバランスシートを組み合わせた統合政府という考え方でお話できると思います。政府の負債側に国債がありますが、償還年限の平均年数が大体9年です。これに対して日銀の負債には当座預金と日銀券があります。統合政府として合算すると、負債側の半分程度は当座預金あるいは日銀券に振り替わってしまっていますから、短期のファイナンスということになります。つまり、中央銀行の国債保有というのは、統合政府的な考え方を用いれば政府債務の短期化になるわけですが、短期化をするとなぜ長期金利が下がるのでしょう。中央銀行の国債保有が作用しているのは実質金利の部分になりますので、インフレ期待が関係ないところで実質金利が下がっているということになるわけです。それでは、なぜ中央銀行の国債保有が実質金利を押し下げるのか。ここは多岐に渡る議論があって簡単ではないのですが、例えば10年物国債の金利は本来長期間に渡る短期金利の期待によって形成されるので、その期待が変わらないのであれば、市場における価格も変わらないという考え方もできるわけです。ただ実際には中央銀行が長期国債を買えば金利が下がる、実質金利が低下するわけで、そこには需給が影響しています。なぜ需給が引き締まると実質金利が下がるのかと言えば、長期の債券を保有するマンデートを持った投資家、実質金利が低下しても保有せざるを得ない投資家がいるから、ということになります。このようなメカニズムを通じて、現実には中央銀行が実質金利の押し下げを行うことができることになります。もう1つ実質金利を左右しているものとして、対外純資産の存在があると思います。各国の対外純資産の対GDP比と実質金利を見ると、対外純資産が増えるほど実質金利が低下する緩やかな関係が存在していて、日本は有数の対外純資産国で実質長期金利も低い。もともと低い実質金利を日銀がさらに押し下げているということになるわけです。ここまで中央銀行の政策が実質金利を通じて財政政策に影響を及ぼすという話をしましたが、一方で財政政策が金融政策にどう影響するかという議論も非常に重要になっています。政府債務の増大が続けば、一般的には「自然利子率+インフレ期待」から成る中立金利が上昇します。そうすると、中央銀行が国債を大量に購入する緩和的な政策を行っている中で、さらに金融緩和の度合いが強まっていくという経路もあると思います。3.財政危機の本質財政の問題で最終的に議論すべき点として、政府債務の持続性が担保されているかどうかが重要です。一般的な議論としてあるのは格付けの問題です。日本の場合、1998年以降、国債の格下げが行われましたが、だからと言って大きなソブリンプレミアムが日本国債の市場に発生しているとは言いがたいわけです。先進国で経済がかなり安定的な国においては、ソブリン格付けによってマーケットでのプライシングが変わることはあまりありません。格付けの問題が財政危機のトリガーを引くこと自体は、ギリシャのようなケースもありますが、日銀が大量に国債を購入している状況が政府債務の安定につながっているのならば、格付けが影響することもちょっとないように思います。そもそも政府債務の水準を対GDP比で見たときに、日本が今200%程度ですが、かつてイギリスが300%の水準を2回経験しているわけです。しかし19世紀に300%へ達したとき、イギリスの財政が危機的な状況に見舞われたのかというと、そうではないわけです。特に19世紀後半はビクトリア女王の治世で大英帝国の最盛期でもありましたし、大きな問題が発生したということはありません。しかし、19世紀のイギリスはアクティブな財政再建を実行しました。当時のイギリスの為政者は、問題意識として安全保障リスクを考えていたとも言われています。つまり財政余力を十分担保しておかなければ、万が一、大きな安全保障上の危機に直面したときに、政府機能を十分に発揮できないという認識があったようです。将来に向けた長
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