ファイナンス 2024年10月号 No.707
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2.大きくなる財政赤字のリスク財政赤字の問題を船に例えて説明したいと思います。船底に水が溜まってしまうと最後に船は沈んでしまいます。そもそも水が溜まっているのは船底に穴が開いていて、穴から水が流入してきているわけです。この流入(フロー)が財政赤字で、これが年々増えているわけです。その結果として溜まった水がストックとしての債務残高です。船に何トンの水が溜まったら沈没してしまうのかというのは一義的には言えません。大きな船の場合には多少の水では沈みません。一国経済で見て船の大きさに対応する国の経済の大きさ、すなわち国内総生産(GDP)との対比で見ることが必要になるわけです。そこで債務残高の対GDP比を国際比較で見ると、日本はG7のみならず、その他の諸外国と比べても突出した水準となっています。この比率がどんどん上がっていて、日本はGDP(船の大きさ)の250%を超え、極めて危険です。どれぐらいの比率だったら大丈夫なのか。決まった数値があるわけではありませんが、EUはストックで60%以下に抑制するというルールを決めています。日本は国際比較上も歴史的に見ても異常な高さにあるこの比率が下がっていく傾向が全く見えない状態です。船底にある水を一瞬にしてなくすことはできません。債務残高を調整していくためにはフローで調整していかなければなりません。債務残高対GDP比の増減は2つの項目に依存します。1つが現在の債務残高対GDP比×(名目金利(r)-名目成長率(g))。もう1つが基礎的財政収支(PB,プライマリーバランス)の対GDP比です。PBは、債務残高対GDP比をコントロールしていくためのオペレーティング・ターゲットとして極めて重要です。次に問題になるのが、名目金利と名目成長率の大小関係です。長期的には名目金利が名目成長率を上回るというのが、私はノーマルな姿だと思います。同じような関係を例えば株価で考えると、株価は企業の将来の収益の割引現在価値として決まります。金利は将来の収益を現在価値に割り引くディスカウント・レートということになります。成長率がディスカウント・レートを上回れば価格(株価)は収束しないで無限大に拡散してしまう。これは話がうますぎるということだと思います。経済成長というのは、財政再建のために大切です 88 ファイナンス 2024 Oct.が、それだけで財政再建できるというのは間違いでしょう。一方で、経済成長を疎かにして良いわけではなく、今の日本は経済成長にも問題があると思っています。人口が減るから経済成長は望めないと仰る方もいるのですが、人口と経済成長というのは先進国では一対一で対応していません。先進国では、1人当たりの所得が増えて成長している部分が定量的には大きいからです。こういうことをお話しすると、「人口は減っても良いと思っているのか」と指摘されることもあるのですが、そんなことは言っていません。日本の人口減少は大きな問題だと思っていますし、然るべき対策を講じるべきだと思います。それはそれとして、経済成長も目指していかなければなりません。そのためにはやはりイノベーションが必要です。これに対しても「日本は人口が減るからイノベーションでも駄目なのでは」と仰る方がいらっしゃいます。私はそれも間違っていると思います。統計を見ると、イノベーションが活発な国では人口が増えているかというと、そういうことはありません。1つの例ですが、ここ20~30年で代表的なイノベーション企業であるGAFAの時価総額が何倍に成長したのか、思い出して下さい。対してこの間のアメリカの人口が累積で何%増えたのか。桁が全く違うでしょう。イノベーションというのは、人口の増加をあてにして起こるというようなことはないわけです。成長は是非してもらわないと困るのです。国全体として成長する必要はあると思います。ただし、成長に頼れば財政が何とかなるというのは間違いだと私は考えています。成長政策とは別に着実な財政健全化への努力を続けなければなりません。「今は低金利だから財政は問題ない」と主張する経済学者もいます。とりわけアメリカ発でいろいろな数学的モデルが出てきますが、やや乱暴な表現をすると、こうしたモデルはいくらでも作れる。例えばバブルの理論モデルもたくさんありますが、モデル上から導かれるスタンダードな結論は、バブルがないときよりもあるときの方が代表的な消費者のウェルフェアが上がるというものでした。皆さんもお分かりになると思うのですが、1990年代初頭のバブル崩壊以来、どれだけ日本経済がマイナスの影響を受けてきたかという経験からして、こうした理論モデルはどこか違うのではないか、理論モデ

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