ファイナンス 2024年10月号 No.707
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財務総合政策研究所 総務研究部 前総括主任研究官 鶴岡 将司総務研究部 前研究企画係長 升井 翼ファイナンス 2024 Oct. 87 36「日本の財政」 吉川洋 東京大学名誉教授2024年5月10日(金)1978年エール大学大学院経済学部博士課程修了(Ph. D.)。ニューヨーク州立大学経済学部助教授、大阪大学社会経済研究所助教授、東京大学大学院経済学研究科教授などを経て、2016年から現職。財務省財政制度等審議会会長(2010年〜2017年)、財務省財務総合政策研究所名誉所長(2017年〜)などを歴任。2010年紫綬褒章受章、2023年文化功労者選出。財務総合政策研究所では、財務省内外から様々な知見を有する実務家や研究者等を講師に招き、業務を遂行する上で参考になる幅広い知識や情報を得る場として「ランチミーティング」を開催しています。今月のPRI Open Campusでは、「財政」に関連して4名の方々にご講演いただいた内容を、「ファイナンス」の読者の方々にご紹介します。1.時代とともに変わる財政の役割国がある以上財政があります。紀元前の時代から、国ができてまず生じるのが治水、それから国の形を守る軍事で、いずれも財政が関係します。さらに、古代から今に至るまでの財政の大きな役割に格差の是正があります。戦後日本の財政が私たちの生活に果たした貢献の重要な例として平均寿命の伸びがあります。現在、日本の平均寿命は約84歳と非常に長いことはご存知の通りです。日本人は昔から「魚を食べているから寿命が長い」などと言われることもありますが、これは間違いです。ほとんどの先進国では20世紀前半に平均寿命が伸びていたのに対し、日本は例外的にほとんど伸びずに終戦を迎え、平均寿命は先進国の中で一番短かったのです。アメリカ人の人口学者の論文によると、戦前の政府支出は軍事費に偏っていて公衆衛生等の支出が十分になされてこなかったことが理由です。戦後日本では加速的な平均寿命の伸びを達成しましたが、経済成長による1人当たり所得の伸びや医療技術・医薬品の進歩のほか、社会保障制度の整備も大きな貢献をしたと思っています。このことを示すデータとして年齢階層別の受療率(人口当たりでどれぐらいお医者さんに罹るか)を見ると、国民皆保険導入前の1955年、まだ平均寿命が短かった時代には、経済的な理由で高齢者の受診が抑制されていたこともあって、受療率は年齢とともに下がっていました。ところが、1961年に国民皆保険が導入されるとともに受療率の世代間の差が反転しました。社会保障制度は日本人の健康や平均寿命の伸びに貢献してきたと思います。現在、財政の新たな役割として注目されるのが少子高齢化への対応です。将来人口推計で人口が減少していくのは間違いないと言われているのはご存知の通りですが、若い世代の人たちが結婚や子育ての将来展望を描けないのが問題として指摘されています。この背景にも、ここ30年、日本で格差が拡大していることが大きな問題としてあります。現代の日本では、正規雇用・非正規雇用の問題にあるように格差が拡大する中で、財政の再分配効果、特に税の再分配効果がかなり弱くなってきているとの指摘があります。日本の社会保障制度は、給付が年金、医療、福祉その他(介護、子育て等)から成り、負担は保険料が全体の6割程度、残り4割は公費となっています。公費は本来であれば税金ということになるのでしょうが、税収が十分ではなく国の財政赤字が増加しています。社会保障は「格差の防波堤」ですが、多くの人が社会保障の将来が不安だと感じているのが現状です。・「ランチミーティング」における財政に関する講演内容をご紹介します

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