ファイナンス 2024年10月号 No.707
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1 全体に注目する まず、マネロン、テロ資金、核開発資金の三者は本来別物だが、組織犯罪や汚職との繋がりを介して密接に関連するので、三者を「地下資金」として括り全体に注目すべき。次に、FATFは麻薬資金対策として発足した沿革から金融当局と警察当局を中心としたフォーラムであり議論は両当局の所掌事務に偏りがち。今後のFATFは視野を広げ、(1)資金の流れに付きまとう税務の議論も尽くし、(2)入・出両面で国境管理の重要性が一層増す中で税関当局、出入国管理当局及び関連機関を従来以上に関与させることが必要。FINANCE LIBRARY(パリとマネロンと私)財務省大臣官房 財政経済特別研究官 名古屋大学客員教授佐藤 宣之平松愛理のヒット曲「部屋とYシャツと私」発表の3年前の1989年7月、アルシュ・サミットの経済宣言に麻薬問題への対応として、サミット参加国及びその他の関心を有する諸国からなる「financial action task force(FATF)を招集すること。その権能は、銀行制度と金融機関を資金の洗浄のために利用することを防止するために既にとられた協力の成果を評価すること、及び多数国間の司法面での協力を強化するための法令制度の適合等のこの分野における追加的予防努力を検討すること」との文言が盛り込まれた。1988年4月に大蔵省に入省した評者は最初の配属先でアルシュ・サミットの大蔵省窓口を担当したので、FATF誕生の過程を見ている。ただその後は、マネロン(マネー・ロンダリング)を担当する機会が無く、FATFがマネロン以外にテロ資金、核開発資金もカバーしていく中でも、更にパリのOECDに出向しFATFが身近になっても、ややこしそうなので見て見ぬふりをしてきた・・・本年春に都立中央図書館で本書と遭遇するまでは。(「全体」に迫ろうとする本書の魅力)著者曰く、マネロンの議論が技術的細論に迷い込み、「制度的沿革」や「俯瞰的な政策検討」が置き去りにされかねないとの危惧から本書を執筆したという。「全体」をキーワードに、本書を3点に要約してみた。2 全体を決着する 暗号資産等のデジタル資産を可能にするブロックチェーン技術の下では、地下資金対策にとって決定的に重要な個人情報の追跡可能性はほぼ皆無と言われる。デジタル資産の安全性(地下資金対策)、利便性(金融包摂)、プライバシー(人権保障)の三者の同時かつ完全な実現は困難であることを認識し、国民的議論を経て三者全体の均衡点を決着すべき。暗号資産よりも価値が安定し安全に隠匿できるステーブルコインや、業者に記録が残らない個人間取引の台頭は、今でさえ困難な地下資金対策を一層困難にしよう。3 全体で取り組む 地下資金対策の実施体制は、官民全体での壮大な共働の体系。「民」にあっては、金融機関をはじめとする民間事業者の負担は非常に重く、本人確認、「疑わしい取引の届出」等の日々のコンプライアンス業務の負担に留まらず、業務に不備があった場合の制裁リスクも抱える。「官」にあっては、名義上の顧客の背後のBeneficial Ownerの把握・検証作業は緒に就いたばかりであり、世界全体でBeneficial Ownerの把握・検証の実効的な仕組みを構築していくことが必要。著者はアツ~い文言で絨毯爆撃するタイプではないが、感情溢れる文言が要所で登場するので力点が自然と伝わる。本書を手に取って「これまで断片的に見知っていたことがはじめてつながったような気持ち」(本書巻頭の増井良啓教授の推薦文より)を味わって欲しい。(税とマネロン)評者の見立てでは、「税とマネロン」に関する著者の問題提起が一番重要だ。問題提起の力強さとニュアンスを正確に伝えるため原文を引く。「ペーパー・カンパニーの実態を暴くという、地下資金対策上の頭の痛い課題は、そのまま税務執行上の課題であり、それを継続的調査により把握し得る立場にある機関の一つが税務当局であることは間違いない。当局間の協力というと、ともすれば既存の情報を共有するだけといったような、矮小化した捉え方をされることも多いが、法執行に際しての大きな評者 74 ファイナンス 2024 Oct.野田 恒平 著還流する地下資金犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い中央経済社 2023年12月 定価 本体3,500円+税

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