図1.10:各種の社会関係資本と上方へのモビリティの相関*3) 公共放送・NPR(2024)よると、連邦最高裁の判決後はじめての入学となるMITの2024年の秋入学で、黒人の比率は以前の13%から5%に激減したという。アジア系の比率は41%から47%に増加し、白人の比率は変わっていないという。フリードマンらの研究には大学側から反論もある。卒業生の子どもを優遇することは、大学を中心としたコミュニティを創るという意味があるとの見解がある。卒業生は大学にとって、寄付の重要なソースでもある。ただ、折しもアメリカではアファーマティブ・アクションを違憲とする連邦最高裁判決(2023)が出たところである。この数年で大学入学の在り方が変化することが見込まれる*3。その際、人種の問題にとどまらず、学生の経済的、社会的な事情も含めて、大学への入学をどのようにするのかが問われるだろう。その際、フリードマンらの研究が、アメリカの大学を変える契機になるかもしれない。改善を図ることで、人々の状態を改善する方法も模索している。マシュー・ジャクソン(Matthew Jackson、スタンフォード大学)は、貧困対策に人々の間の社会関係資本(ネットワーク)の視点を取り入れ、複数の政策を組み合わせる「カクテル」を用いることを提唱している。再分配により、貧困という症状に対処することで終わりにせず、貧困の罠など貧困の原因にまで踏み込んで対処するべきであると主張する(Jackson, 2021)。この考えの基礎として、ジャクソンらは、社会関係資本と子どもの社会階層の上へのモビリティとの関係を実証分析している(Chetty et al., 2022)。その結果を示す図1.10によると、上へのモビリティには、社会関係資本のうちでも、その子どもがどのような経済的関係のなかで生活しているのか(経済的つながり、economic connectedness)がものを言うことが明らかになった。周りの大人が失業し、収監されている環境では、子どもはよいロールモデルを得ることができない。他方、市民的関与(civic engagement)はあまり影響を与えていない。社会関係資本論の嚆矢である、ロバート・パットナムの議論(Bowling Alone, 2000)では市民的関与に焦点があったが、こと経済的モビリティに関しては、市民的関与との関係は薄いという発見は興味深い。処方箋として、ジャクソンは、人々の貧困地域からの転出を促す政策(MOT, moving to opportunity)を肯定的に評価する。より穏健な対策としては、もとのコミュニティとの関係を維持しつつも、教育・職業訓練、就業機会を通じて、人々の間に新たなチャネルを作り出すことを提案している。MOTはシアトルが実験的にはじめた施策であるが、コラム1.1、1.4で取り上げたチェティやフリードマンらが、その有効性を裏付ける研究を発表している(Chetty, 2018)。*3(出典)Chetty et al., 2022に基づき、筆者作成。 58 ファイナンス 2024 Oct.コラム1.5:生活環境の改善を通じた貧困対策教育が個人に着目して、その稼得能力の改善を図るのに対し、アメリカの経済学者たちは、人々の生活環境の
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