図1.9:階層別の資産段高の推移3.格差問題とその対策(1)認識 56 ファイナンス 2024 Oct.シャールらが、インフレ目標を3%に切り上げる提案をしているが(PIIE, 2023a)、FRB関係者はこの見直しはFRBの信認を傷つけることで一致している。より重要な論点は、供給ショックのもとでの金融政策のあり方であろう。コロナ禍は収束したものの、地政学的イベントなど供給ショックがより頻繁に起こることが懸念されている。FRBの経済学者は需要側に関心を集中してきたが、コロナ禍は供給側に関心を及ぼす貴重な機会となった。インフレは、財政と金融政策の間の緊張関係という古い問題を突き付けた。完全雇用下での巨額の赤字が需要を刺激しつづけている。金融政策が緩和に転じても、十分に緩和的にはならない恐れがある。財政の問題については、稿を改めて第二回で議論する。アメリカの所得のジニ係数をみると、1980年で0.42(0.31)、1990年で0.45(0.34)、2000年で0.48(0.37)、2010年で0.51(0.37)。2020年で0.52(0.37)と推移している(括弧内は再分配後、Luxembourg Income Study)。図1.4の学歴による賃金格差の拡大に応じ、分配前の格差が激しさを増しているものの、再分配により格差の顕在化を抑えていることが読み取れる。フローの所得にもまして格差の著しいのがストックである。図1.9は、資産保有高で下位50%の家計の持つ資産が薄く、他方、上位の家計の資産は分厚く、着実に増えていることを示す。アメリカでは資産価格が上昇を続けており、その日暮らしの家計が取り残されている。学歴・スキルによる格差が拡大していく過程を分析したのが、ニル・ハイモビッチ(Nir Jaimovich、UCサンディエゴ)らの研究である(Jaimovich and Siu, 2020)。彼らは、1970から80年代の不況では、その後、雇用が回復しているのに、90年代以降の不況では、雇用なき回復(Jobless recovery)が常態になったと指摘する。あわせて、雇用のなかでルーティーンの仕事が占めるシェアをみると、90年代以降は不況のたびに大きくシェアを減らしていることを明らかにした。スキルを要する非ルーティーンの知的労働、反対の肉体労働が増える一方、まずまずの所得の得られたルーティーンの仕事が消え、仕事の二極化(Job polarization)が生じている。ティル・フォン・ベヒター(Till von Wachter、UCLA)は、1970年代からリーマンショックまでの不況を分析し、不況の影響が不況の最中に労働市場に参入したコホートに集中してあらわれることを示している。不況は特にスキルの低い者に打撃を与え、参入後10年間の所得でみて、大卒者で5%の減に対し、低学歴の非白人では13%も減ることを明らかにした。悪影響は家族形成(低い結婚
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