ファイナンス 2024年10月号 No.707
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アメリカにみる社会科学の実践ファイナンス 2024 Oct. 53*2) 本稿では、筆者が実際に意見交換した相手の名を優先して本文で挙げるものとするため、本文で名を挙げる者と論文の筆頭著者が異なることがある。 2.インフレの原因と教訓(1)サプライチェーン、財政キ(Benjamin Bernanke、元FRB議長)との共著論文(Bernanke and Blanchard, 2023)で、一層の引き締めがなければ、インフレ期待のアンカーが外れ、困難に陥ると警告した。もっとも中長期の経済の姿については、サマーズとブランシャールの間にも見解の相違があらわれた(PIIE, 2023a)。ブランシャールがインフレ抑制後の経済は再び金利の低い以前の姿に戻るとみるのに対し、サマーズは実質均衡金利(r*)が、安全保障や環境投資などの財政需要から上昇すると主張したことが注目を集めた。現実の金融政策は、2024年9月にようやく最初の利下げ(▲0.5%)を行ったところである。インフレの経験をどう教訓化し、今後の金融政策の枠組みをどうするか、議論が継続する見込みである。金利上昇は、専門家の間で財政への関心を高めている。2024年には、利払いが国防費を上回るという見込み(Congressional Budget Office, 2024)が注目を集めた。完全雇用にあるにも関わらず、巨額の財政赤字(2023年度でGDP比▲6.2%)を抱えていることは到底持続可能ではない。サマーズの挙げる国防、気候変動に加え、リベラルが望む再分配までも含めれば、財政需要は膨大である。一方、歳入面では、共和党が増税に否定的であるだけでなく、民主党も(納税者の9割が該当する)年収40万ドル以下の者に増税しないと公約している。政治の財政への危機感は低調である。2025年には減税雇用法(TCJA、トランプ減税)が失効し、自動的に増税となるため、税制論議が集中的に行われることが確実である。この期に財政健全化への道筋がつけられればよいが、悲観的な見方が強い。イエレンが「現代供給サイド経済学」と呼んだ施策が、気候変動、安全保障、格差問題の解決という多岐にわたる目標を首尾よく達成できるかは、オープンクエスチョンである。インフレ抑制法に基づく投資が貧困地域でよく活用されているという調査はある。しかしながら、再びサマーズはサービス化したアメリカ経済を製造業中心のものに転換することは非現実的であると批判する。これらのワシントン主導の取り組みよりも重要なことがおきていたのかもしれない。民間ではAI(人工知能)の広範な実用化など新しい胎動がはじまっている。経済学者たちは、生産性に与えるポジティブな影響とともに分配への懸念についての議論を活発に交わしている。以上の概観を踏まえつつ、以下では重要な各論について、より多くの経済学者らの参画を得て深掘りをする。具体的には、1)インフの原因と教訓、2)格差問題とその対策、3)経済のダイナミズム。4)財政を取り上げる。これらのうち、経済のダイナミズムと財政については次回に譲り、今回ははじめの二点を議論する。2020年代前半に最も盛んに論じられた経済問題はインフレである。インフレの原因については三つの候補がある。ひとつはコロナ禍によるサプライチェーンの混乱を挙げるもの、もうひとつはアメリカ救済計画など財政出動によるとする見解、最後が金融政策の引き締めの遅れに原因を求める見方である。サプライチェーンの混乱がインフレを惹起したことは疑いがない。インフレと財政政策の関係については、サマーズらが2021年の冬から警鐘を鳴らしていたが、大型法案の成立を目指すバイデン政権の意向もあり、直ちに認められたわけではなかった。しかしながら、アメリカ救済計画が成立した、2021年3月には、欠員と失業者の比率(v/u)は急上昇を続けており。労働市場はタイトな状態に移行していた(図1.7)。現在では、財政政策がインフレをもたらしたことには合意があるといって良い。例えば、シェブネム・カレムリ=オズカン(Şebnem Kalemli-Özcan、メリーランド大学)らは、二期間の消費の効用を最大化する消費者を想定し、借入制約のある者の割合を操作できるマクロモデルを用い、実際のマクロデータ(2022年6月まで)と突合した(Giovanni et al., 2023)*2。その結果は、総需要ショックがインフレの2/3を説明することを示している。そして、実際に

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