5 0(出典)Krueger et al., 2020に基づき、筆者作成。図1.5:機関投資家が投資決定に気候リスクを織り込む動機(複数回答可)アメリカにみる社会科学の実践自分たちのレピュテーションを守るため道徳的・倫理的な義務である法的義務、受託者責任である投資リターンにおいて利益があるポートフォリオのリスクを減らす資産保有者の選好を反映するテールリスクを減らす101520253035ファイナンス 2024 Oct. 51金融経済学者の間で、サステナブルファイナンスへの関心は高い。学会では多くのセッションが気候変動問題に充てられている。経済学者らしく、経済学のロジックと実証に基づいてサステナブルファイナンスの可能性を見極める議論が行われている。ローラ・スタークス(Laura Starks、テキサス大学オースティン校)は、2023年1月、the American Finance Association会長としての講演で、ESG(Environment, Social, and Governance)においてValuesとValueを区別して議論することが必要であると指摘した(Starks, 2023)。Valuesとは非金銭的な選好に由来し、Valueは金銭的な選好(リスクとリターン)に基づく。図1.5はスタークスらが機関投資家に実施したサーベイ(Krueger et al., 2020)に基づくもので、投資の理由として、「自分たちのレピュテーションを守るため」という混合した動機、「道徳・倫理的な義務である」というValuesに基づく動機、「投資リターンにおいて利益がある」というValueに基づく動機が上位にランク入りしていたという。スタークスは、ValuesとValueいずれに基づいて意思決定を行うかは、どちらのコンテクストが投資家や経営者にとって重要かということに依存するという。例えば、ダイベストメントは企業の資本コストにあまり影響を与えないから、あまり意味がないという議論があるが、Valuesの視点からみると、自分の資金が好ましくない活動に使われるのを避けたいという動機は理解可能なものであるとする。ValuesとValueの区別は、反ESGや受託者責任の意味にも影響を及ぼすという。反ESGとは、Values投資家の選好に反対しているのか、それともValue投資家のリスクとリターンの分析に異議を唱えているのか明確にする必要がある。受託者責任との関係においても、Values投資家が投資したい思うものに投資するのを止める必要はないと示唆する。完璧なカーボンプライシングが実装されていれば,(脱カーボンについては)ValuesとValueを区別せず,Value一本で従来のきれいな理論が維持できるはずである。ただ,現実が完璧から遠いものである以上,ValuesとValueを区別して議論の見通しを得ることは有益である。反ESGの強いアメリカで、Values投資としてESG投資を性格づけることには、ESGを保護する効果が期待できるだろう。しかしながら、ESGをValuesとして解釈することは、ESGを道徳の問題と解することを意味する。複数形のValuesに基づく投資であるからには、ESG投資家の側にも異なる価値観への寛容さが求められることになる。Value投資としてのESG投資の基礎は怪しいと示唆する研究も現れている。一般にサステナブル投資はより高いリターンを生むものと信じられ、歴史的なパフォーマンスをみても確かにそのようにみえた(時期があった)。これに対し、ルーボス・パストール(Lubos Pastor、シカゴ大学)とルーク・テイラー(Luke Taylor、ペンシルバニア大学)らは、「サステナブル投資はより高いリターンを生むか」と問われれば、ノーだと答えるとしている(Pastor et al., 2022)。具体的には、1)投資家はグリーンなアセットを好んで買っており、そのぶん価格が高くなるのだから、そのぶん期待リターンは低くなる。2)投資家は気候変動リスクの低いグリーンアセットを好んで買っており、このことは気候変動リスクをヘッジしていることを意味し、当然期待リターンは低くなるという。
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