図1.4:学歴毎の18-64歳の実質週給の累積変化、1963-2017年. (出典:Autor, 2019)金融を通じた気候変動対策(サステナブルファイナンス)も、直接の税負担などを伴わず、比較的受け入れられやすいとの期待がある。しかしながら、2020年代前半の実務での動きは、期待を半ばまで裏切るものとなっている。象徴的なのは、米国証券取引委員会(SEC)が検討を進めてきた、気候関連に関する開示案の後退である。 50 ファイナンス 2024 Oct.バイデン大統領の尽力もあり、2021年11月、超党派で「インフラ投資法」(Infrastructure Investment and Jobs Act)(5年間の新規支出で約5,500億ドル)が成立した。同法は、インフラの改修に加え、電気自動車の充電設備の整備という民主党のアジェンダを含んでいた。中間選挙を間近に控えた2022年8月には、「インフレ抑制法」(IRA:Inflation Reduction Act)(10年間で総額4,370億ドルの歳出)、「CHIPSおよび科学法」(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors and Science Act)(5年間で約530億ドル規模の支出)の成立をみた。インフレ抑制法の前身は、Build Back Better(BBB)法案と呼ばれた社会政策を含む大型パッケージであり、モノに投資するインフラ投資法に対し、人への投資により、格差問題の改善を図るものであった。インフレ抑制法は、その前身法案から再分配策を大幅に削除したものになり、その陰には、財政刺激がインフレを一層悪化させるとの懸念があった。BBB法案からインフレ抑制法への名称の変化は、バーンスタインらとサマーズらの競合関係の均衡点を示唆している。ただ、インフレ抑制法が、気候変動対策を中心に民主党のアジェンダを前進させるものになったことは間違いない。2030年のGHG排出は、同法以前には25-31%減であったものを33-40%減にまで改善した(Zhao and Mcleon, 2023)(金融を通じた気候変動対策については、コラム1.3を参照)。特筆すべき点は、同法が電気自動車等の製造を国内に引っ張るインセンティブを与えていることである。国内製造の奨励は、CHIPSおよび科学法にもみられる。同法は安全保障上の重要製品である半導体の国内製造に財政支援(約240億ドル)を行う。これらの法律は、気候変動対策や安全保障と同時に、産業政策としてアメリカの製造業の復活を図り、まともな仕事と所得をアメリカの労働者に与えるという、格差対策の性格を持っていた。これらが体現する政策を、イエレンは「現代供給サイド経済学, modern supply side economics」と呼んだ(Yellen, 2022)。コラム1.3:サステナブルファイナンスとは何であるのか気候変動対策として、経済学者はカーボンプランシング(炭素税、排出権取引)を推してきた。ただ、炭素税には年収40万ドル以下の者に増税しないというバイデンの公約が障害となる。排出権取引はオバマ政権時に導入に頓挫している。このような事情が、インフレ抑制法で補助による対策が取られたひとつの背景である。
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