ファイナンス 2024年10月号 No.707
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図1.3:インフレ(CPI・全品目)、失業率、フェデラルファンドレートの推移アメリカにみる社会科学の実践ファイナンス 2024 Oct. 4943%が賃金増に充当されていたと試算した。ドルトンの研究は、事業所を閉鎖しないことによる便益は含んでいない。失業に伴う長期的マイナスを回避した効果もカバーしていない。失業給付を受給せずに済むことによる効果も勘案していない。PPPについては事後の監査によって不正受給が問題化しているが、ドルトンの見出したポジティブな効果も、将来、類似施策の採否の検討する際の材料となる。PPPが依って立つ考えは、企業内に被用者等の間に特殊(speci■c)な資本関係があり、それを壊さずに経済再開に備えることには便益があるという考えである。もしこの特殊性がないのなら、PPPの便益はあまりないことになる。この便益の程度を知ることは重要であるが、ドルトンの研究はこの点は明らかにしていない。また、PPPは元の状態に復することを想定した措置であり、コロナ禍前後で最適な資源配分が変わった場合には適切性を失う。コロナ禍のアメリカでは、PPPの導入にも関わらず、一時的に高い失業率を記録している(図1.3)。労働市場の資源配分機能は損なわれていなかったともみられるが、PPPの評価は経済の資源配分全体との関係でも検証する必要がある。 かかっていたことは、いまとなっては否定できない。しかしながら、当時、バイデン政権はさらなる歳出法案の成立に全力を注いでいるところであった。加えて、バーンスタインらリベラルの経済学者たちは、マイノリティの雇用などへの引き締めのデメリットを気に留めていた。同様の考えは、労働経済学者出身でFRB議長時代に「高圧経済論」を唱えたイエレンにも近しいものであっただろう。折しもパウエルのFRB議長への再任を認めるかが問題となっていたことも、影響した可能性がある。バイデン大統領がパウエルの再任を発表したのが2021年11月22日、パウエルが「一時的」の説明を撤回したのが11月30日、FOMCが利上げに踏み切ったのは、翌年3月になってからであった。インフレを巡って高まる緊張の裏で、バイデン政権はさらなる歳出法案の成立に向けて取り組んでいた。2020年の連邦議会選挙で、民主党は上下院で多数を掌握していた。党内合意さえ出来れば、(財政調整法案というフィリバスターの迂回路を通って)やりたい施策をやれる稀な機会であった。リベラルの経済学者たちがとりわけ問題視していたのが格差問題であった。以前からのマイノリティにとどまらず、製造業の衰退に伴う中間層の貧困化への懸念を高めていた。図1.4は、デイヴィッド・オーター(David Autor、MIT)によるもので、学歴毎の実質賃金を時系列で追ったものである(Autor, 2019)。男性で顕著であるが、1980年代以降、高卒以下の賃金が実質減少し、2000年代以降は学部卒の賃金も停滞している。オーターはその主因をオートメーションと貿易による製造業の衰退に求めている。製造業の喪失に苦しむ地域はラストベルトと呼ばれ、共和党と激しく競い合う州(Swing States)でもあったことが、格差問題への関心を増幅した。気候変動問題にも民主党支持層の関心は高かった。気候変動が社会的弱者に有害であるとの議論により、気候変動は格差問題とも結びつくようになった。

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