ファイナンス 2024年10月号 No.707
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図1.2:第一回給付と第二回給付の月間支出に与えた効果(所得階層別)(受給者毎・ドル)個人向け給付の経済効果の検証は、従前、家計調査により行われてきたが,サンプルサイズやデータ入手のラグの問題があった。ラジ・チェティ(Raj Chetty、ハーバード大学)らは、カード情報から全米の消費の相当割合(10%)を日次で追えるデータ(Af■nity Solutionsによる)を活用し、個人向け給付の効果を現在進行形で分析することに成功した(Chetty et al., 2021)。分析によると、第一回の配分時には、2020年4月15日を境に支出が26%もジャンプしており、所得階層別でも概ね一律的に効果が出ていた。ところが、2021年1月5日の二回目の給付では、家計所得46,000ドル以下の家計では、1月中旬までの間に消費が10%弱ジャンプしたが、78,000ドル以上の家計では消費がほとんど変化していなかった。図1.2は一回目と二回目で支給からのひと月で受給者あたりの消費がいくら伸びたかを推計したものである。二回目では高所得層の消費が増えていない。この違いの原因を、チェティらは高所得層での雇用回復に求め、高所得層では貯蓄が積み上がるままになっていると指摘した。この指摘は、当時反響を呼び、三回目の支給の決定にあたり、高所得層への配分を減らす議論を後押しした。三回目の支給では、家計所得160,000ドル以上の階層への支給額がゼロに変更された。本文で述べる通り、支給対象の限定にも関わらず、三回目の支給を含むアメリカ救済計画はマクロ的に過大で、インフレを誘発することになる。ただ、チェティらの研究が消費を下支えするという政策目標に照らして個人向け給付の見直しを示唆したのに対し、マクロのストーリーは経済全体の資源制約に関わるものであり、インフレがチェティらの研究の意義を傷つけるわけではない。新しいデータベースは、政府内のデータを連結することからも作り出すことができる。マイケル・ドルトン(Michael Dalton、Bureau of Labor Statistics)は、PPP(Paycheck Protection Program)の業務データを、別の政府統計(雇用・賃金センサス)と、企業名と住所に基づき機械的にマッチングして連結した(Dalton, 2023)。PPP承認前後の雇用、賃金、事業所の閉鎖状況などを把握できるデータベースを構築し、差分の差分法(Difference-in–Difference)を用いて分析した。PPPは2020年3月に6,690億ドルで創設された、金融機関に企業向け融資を促す措置で、給与維持の基準を満たした場合、融資を助成金に変更することを可能とするものであった。ドルトンの研究は、PPP承認から1ヶ月の効果として、(PPPがなかったという反実仮想との比較で)雇用が8.8%増加し、事業所の閉鎖確率が5.6%低下し、賃金は12%増加したことを見出した。効果は次第に低下するが、最大で15ヶ月間は持続的にプラスになっていた。PPP承認から15ヶ月後までの時点で計算すると、一人・一月の雇用増あたりで11,737ドルの資金がPPPから供与されたことになり、PPPから供与された資金のうち(出典)Chetty et al., 2021に基づき、筆者作成。 48 ファイナンス 2024 Oct.コラム1.2:新しいデータを用いたコロナ対策の検証コロナ対策としての予算措置のうち、個人向け給付(Economic Impact Payments)はとりわけ関心を集めた。2020年4月15日に一人あたり1,200ドル、2021年1月5日に600ドル、同年3月17日に1,400ドルの給付を実施している。通例、危機時の個人向け対策の代表格は失業手当であるが、コロナ禍では、個人向け給付が総計8,850億ドルで、失業給付の8,750億ドルを上回る最大の措置となった(Splinter, 2023)。

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