ファイナンス 2024年10月号 No.707
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アメリカにみる社会科学の実践ファイナンス 2024 Oct. 47各州の経済社会的特徴との関係をみると、教育程度が低く、貧困率が高く、人々の間の信頼度が低く、医療制度へのアクセスの悪い州であるほど、感染しやすく、死亡率も高かった。これらの州ではワクチン接種率も低かった。人種については、ヒスパニックや黒人で死亡が多く、アジア系では少なかった。マスク着用、ワクチン接種は感染を減らし、ワクチン接種は死亡を減らしていた。予防措置としてのマンデート(強制)について、その強制度を指標化して比較すると、民主党州に比べると共和党州ではマンデートが忌避されたことが読み取れた。予防措置が政争の種になったことが読み取れる。マンデートと健康アウトカムの関係はどうか。マンデート指標の高い州ほど、感染率は低かったが、死亡率に有意な違いはなかった。個別のマンデートでは、学校職員や州職員へのワクチン義務化は、低死亡率と相関していたが、マスク義務化や自宅待機命令では相関はなかった。マンデートと経済や教育との関係はどうか。マンデートはGDPとは関係がなかった。マンデートが強い州で経済が悪化したという関係はなかった。他方、マンデートとして、レストランの閉鎖を実施した州では、雇用減が大きかった。マンデートの強い州では、子ども(4年生)の数学のスコアが低下する相関もみられた。個別のマンデートに立ち入ると、学校の閉鎖は(負のサインであるものの)スコアと有意な相関がないものの、マスクやワクチンに関するマンデートはスコアの低下と有意に相関していた。レビューの著者たちは、マンデートが親の態度などを通じ、子どもの学習機会に影響したのではないかと解釈している。マンデートのような政治化した問題を分析する際、本レビューの採用した相関関係の分析は有益な入り口になる。今後は、因果関係に踏み込んだ研究が求められる。 他方、予算に責任を持つ議会が大規模な対策をスピーディーに成立させたことは特筆に値する。トランプ政権下の2020年3月には「コロナウイルス援助・救済・経済安定化法」(CARES:Coronavirus Aid Relief and Economic Security Act)(2兆2000億ドル)が成立し、2,700ドルの現金支給、PPP(Paycheck Protection Program)という企業の資金繰り支援などが実施に移された。2020年12月、600ドルの現金支給を含む、9,000億ドルのパッケージを挟み、バイデン政権に代わった2021年3月には「アメリカ救済計画法」(ARP:American Rescue Plan)(1兆9,000億ドル)の成立をみた。同計画は、個人向けに現金(1,400ドル)を支給する政策(三度目)を盛り込んだほか、オバマ政権で導入した医療保険制度改革法(ACA:Affordable Care Act)の時限的拡充など、民主党らしい施策を盛り込んだ。この時期にはすでにワクチンの接種が始まっていたが、アメリカ救済計画で大規模な予算措置を取ったことは、禍根を残すことになる。2021年第1四半期には、実質GDPはコロナ前の水準を回復する。コロナ禍は経済学者の間で、民間の生み出すものを含む新しいデータを用い、施策を迅速に検証する動きを加速した。事後的なレビューにとどまらず、現在進行形で施策の改良に役立つ研究があらわれた(コラム1.2を参照)。しかしながら、落とし穴はマクロ経済にあった。少数だが、著名な経済学者がアメリカ救済計画への懸念を表明した。オバマ政権でNEC委員長を務め、民主党政権にとって身内ともいうべき、サマーズは最も厳しい言葉で警告を発した。2021年3月、彼はアメリカ救済計画を「過去40年間の経済政策のなかで最も無責任なもの」とし(The Hill, 2021)、インフレを加速させると指摘した。同様の懸念は、ブランシャールらからも示された(Blanchard et al., 2021)。(2)インフレ進行下での民主党アジェンダの追求サマーズらの指摘は直ちに支配的見解となったわけではないが、アメリカ経済の問題が、コロナ禍からインフレへと転換するのに時間はかからなかった。図1.2にある通り、物価(CPI・全品目)は2021年冬から上昇をはじめ、夏には5%を超える。物価上昇について、FRBは当初コロナ禍によるサプライチェーンの混乱に伴う、一時的(transitionary)なものとの見解を繰り返した。インフレの背景にサプライチェーンの混乱があったことは間違いない。ただ、サマーズらの警告の通り、財政措置が過大で需要面から物価に上昇圧力が

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