ファイナンス 2024年9月号 No.706
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ファイナンス 2024 Sep. 31 *20) かつて国債のイールドカーブがゴツゴツしていたことから、よりスムーズなカーブであるスワップカーブが用いられていたことが一因とされています。スワップレートについては服部(2023)の11章を参照してください。プレッド)をベースにプライシングがなされます。これを「スプレッド・プライシング」といいます。債券を発行する上で、発行金利を決めなければなりませんが、そのベースとなるリスク・フリー・レートそのものは刻々と変化します。前述のとおり、引受において証券会社が発行体と投資家の間で折り合える金利を模索して、それが現時点で例えば10年債(社債)で1%だったとしましょう。もっとも、例えば、その合意の直後、ベースとなる10年国債の金利が上昇して1.1%になった場合、投資家はその社債を1%では購入したいと思わないでしょう。実際、国債の金利は日中大きく変化することも少なくありません。そこでスプレッド・プライシング方式では、リスク・フリー・レートに対してどれくらい金利を上乗せして投資家が買いたいかという観点から、発行条件を決めます。これは相対的に変動の少ない発行体のクレジットや流動性を軸にスプレッドを決定し、その後、合意されたスプレッドをリスク・フリー・レートに上乗せすることで発行金利を決める方法です。具体的には、リスク・フリー・レートに対して、例えば、0.5%だけ上乗せして発行するという形で、投資家と発行体の間で合意します。この場合、リスク・フリー・レートをTとしたうえで、「T+0.5%」という形でプライシングがなされます。そのうえで、もし当日の10年国債の金利(T)が1%であれば、当該社債は1.5%(=1%+0.5%)の金利で発行されるという形で、発行条件が決まります。リスク・フリー・レートについては、条件決定日当日の9時半や10時などのBBの板における情報(ビッドサイドの情報)で決める形が典型です(BBの板については服部(2023)の3章を参照)。また、債券の発行年限と国債の年限が一致しない場合、モデルなどを用いて年限のずれを補間することで調整します(この問題を回避するため、国債の償還年限と合わせる発行体もあります)。具体的なリスク・フリー・レートとして、通常、国債の金利が用いられますが、スワップレートが用いられることもあります*20。なお、我が国の国債はマイナス金利が観測された期間がありますが、国債を除く債券は基本的にプラス金利が維持されました。国債金利がマイナスである場合、前述のスプレッド方式を用いることが困難であることから、発行体と投資家が折り合える金利を、例えば0.01%(スプレッドではなく絶対値)とするなど、絶対値によるプライシングが用いられました。参考文献[1]. 石田良、服部孝洋(2024)「主幹事方式入門― 市場公募地方債を事例に―」『ファイナンス』60(4),22−29.[2]. 服部孝洋(2023)「日本国債入門」金融財政事情出版会債券発行におけるリテンション方式・POT方式・トランスペアレンシー方式4.おわりに今回は、引受におけるリテンション方式とPOT方式に加え、トランスペアレンシー方式の説明をしました。筆者の理解では、これらの概念について包括的に説明した文献がないため、これらの制度の理解が深まれば幸いです。*20まず、POT方式の特徴は、前述のとおり、証券会社が投資家の需要を共有する点です。図表7にあるとおり、証券会社であるA証券・B証券・C証券・D証券がPOTシステムの中で投資家の需要情報を共有し、管理します。先ほどは、A証券が投資家であるW株式会社から0.3%で20億円の注文を取ってくるという形でしたが、POT方式においては、投資家であるW株式会社・X株式会社・Y株式会社・Z株式会社がこの案件全体に対して注文するという形をとります(3.1節の説明と同様、金利0.2%では合計70億円の需要があり、0.3%では合計120億円の需要があります)。典型的には、事務主幹事(トップレフト)を通じて、需要情報がPOTシステムに反映され、その情報が証券会社や発行体にシェアされます(投資家はどの証券会社に注文を出しても、POTシステムに需要が反映されます)。BOX 2 債券の起債に用いられるスプレッド・プライシング地方債や社債のプライシングを行う際は、当該債券の金利そのものではなくて、年限が同じ国債との金利差(ス

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