*30) 佐藤賢一、2023,p197−99*31) ハーディー智砂子、2019、p37。大澤真幸氏は、西欧の民主制もキリスト教の誕生と同じく申命記革命の手法によって成立したものだとしている*32) 「ローマとギリシャの英雄たち〈栄華編〉」阿刀田高、新潮文庫、2014、p235*33) 「マックス・ウェーバー」野口 雅弘、中央公論新社、2020、p46−47。「職業としての官僚」嶋田博子、岩波新書、2020、p182‐83*34) 本稿、第1回参照*35) 「今道友信 わが哲学を語る」鎌倉春秋社、今道友信、2010,p173*36) ルソーの考え方から恐怖政治が生まれることについて、「近代の呪い」渡辺京二、平凡社、2023,p99−102参照(大澤真幸、2022,p87,89、97,101−02、105) 22 ファイナンス 2024 Sep.精霊に出会う物語だ。グリム童話では、動物が口をきくのは当たり前だ。ちなみに、今日のディズニーの漫画でも、動物が口を利くのは当たり前だ。子供の世界では、今日でも精霊の世界が生き続けているのだ。ただ、そのような土着の神々や精霊をキリスト教の天使や聖人に置き換えて取り込むことは、宗教改革の時代になり印刷術の発達で人々が自国語に翻訳された聖書を自ら読むようになると通用しなくなる*30。自分で聖書を読み神のメッセージはこうだと自分で思索するようになったプロテスタントの人々にとっては神だけが信仰の対象となった。プロテスタントの協会には、聖書に記載のない聖人の像は置かれていない。そして、宗教と科学が遠ざかり「合理的な思考」が行われるようになり、デカルトが「われ思うゆえにわれあり」と思索して「自我」を発見し、主語が誕生した(再認識された)というわけである。啓蒙主義が生んだ西欧民主制言葉をすべてに優先させるようになったことは、西欧民主制という素晴らしい制度を生み出すことにもなった。ある人が「証拠より論」ということで「論」を展開しても、他の人が自らの思索に基づいてそれと違う「論」を展開して議論することによって合理的な解を見つけ出そうとする近代民主制が誕生したのである。そのような民主制は、日本でのように、一人が何かを言うと、みんながまずは「そうですね」とうなずいていては誕生しなかったはずだ。西欧では、たまに全員が同じ意見に傾いていたりすると、本当は反対でなくても「でも、こういう考え方はどうかな」と故意に反対の意見を敢えて言うことが“devil’s advocate”ということで議論を深める手法として尊重されているのだ*31。ちなみに、反論に確信が無くても故意に反対の意見を敢えて言うことには、いかに西欧人といえども勇気がいる。西欧民主制において、そのようなことが定着した背景には、ローマ時代以来、西欧の倫理学で徳性の一つして「勇気」が挙げられていることがあったと考えられる。ラテン語の勇気であるVirtus(英語のVirtue)は徳性をも意味するようになっているのだ*32。勇気が徳性だということになると、会議で誰かの発言が間違っていると思えれば、自らの考えに確信が無くても勇気を出して反論するのが良しとされることになる。欧米の民主主義は、そのような伝統にも基づいて出来上がっているのである。ただ、ここで日本人として留意が必要なのは、そのような西欧民主制の世界では、議論の場で黙っていると無視されてしまうことだ。「権利のための闘争」という本がある。ドイツの法学者イェーリングが、1872年に著したものだが、そこで説かれていることは、他者との論争において自らの権利を守ることは、自分の人格を守ることだ。そして、それは国家・社会を守ることにもつながるという考え方である。マックス・ウェーバーは、西欧型の民主制の下における政治的指導の本質は、「党派性、闘争、激情」だとしていた*33。いずれも、議論の場では他者の発言に対して即座に強く反論することを前提としている。スリープ、スマイル、サイレンスではいけないのだ*34。ちなみに、説明責任(Responsibility)という言葉を最近日本でも聞くようになったが、それは西欧においては18世紀ごろから使われるようになった言葉だという*35。西欧での近代的な議論の手法も、そのころから成熟していったということであろう。西欧民主制の限界ここで忘れてならないのが、民主制は最悪の政治にもなりうるということだ。極めて民主的とされたワイマール憲法体制の中からヒトラーが登場してきたのである。そしてその背景にあるのが、ルソーの社会契約論だとされている*36。ルソーは、「統治者が市民に向かって『お前の死ぬことが国家に役立つのだ』というとき、市民は死なねばならぬとする。なぜなら、(中略)彼の生命は単に自然の恵みだけではもはやなく、国家からの条件付きの贈物なのだから」としてい
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