*4) 「述語制言語の日本語と日本文化」金谷武洋、文化科学高等研究院出版局、2019、pp31−36、173。「英語にも主語はなかった 日本語文法から言語*5) 「我々はどこから来て、今どこにいるのか?(下)」エマニュエル・トッド、文芸春秋、2022、、p290−91。個人主義という言葉の登場は、19世紀*6) 「規範としての民主主義・市場原理・科学技術」藤山智彦編著、東京大学出版会、2021、p49、218*7) 「知能低下の人類史」エドワード・ダットン、春秋社、2021、p223―4。*8) コリント人への手紙第一、3章19節*9) コリント人への手紙第一、1章22節*10) 「日本語には敬語があって主語がない」金谷武、光文社新書、2010、p36−38*11) 金谷武洋、2019、p183千年史へ」金谷武洋、講談社選書メチエ、2004。初めであった(「トクヴィル」宇野重規、講談社学術文庫、2019、p85)「地上の視点」から「神の視点」へ 18 ファイナンス 2024 Sep.で自然中心の発想だったのが、人間と自然を分離して人間中心の発想に変わり、そこからフランス語などに主語が誕生した。それは、「我思うゆえに我あり(デカルト)」という、自我(エゴ)を前面に打ち出す人間中心の発想からのもので*4、その影響が英語にも及んだのだという*5。まず起こったのは14世紀に端を発する宗教改革だった。宗教改革で、キリスト教がカソリックとプロテスタントに分裂し、その過程で宗教と科学が遠ざかり、「合理的な思考」が行われるようになった。そこから懐疑主義が生まれて、すべてを疑うデカルトが登場したというのである*6。中世の大学での学問の中心は神の存在を論証する神学で、科学も神の御業(みわざ)を知るためのものだった。そこには懐疑主義が入り込むすき間はなかった。神は疑うことなくひれ伏し従うものだった。神は、ただ完璧なのだった。完璧な神は、人間に自らの創造を理解することなど求めない。そうした人間の試みは、知恵の実を食べることとされていた。「知恵」つまり「合理的な思考」は非難されていた。もし「合理的思考」によって神の摂理に疑問を感じるなら、それは罪深いこととされていた*7。神は「知恵ものたちを、そのずる賢さで捕える」*8。「ユダヤ人はしるしを請い、ギリシャ人は知恵を求める。しかしわたしたちは、十字架にはりつけられたキリストについて説く」*9のだった。それが、中世の大学で教えられていたことだったのだ。それが、宗教改革でキリスト教が分裂すると宗教と科学が遠ざかり、宗教と離れて「合理的な思考」が行われるようになった。そこで懐疑主義が生まれて、すべてを疑ったデカルトが、そのように疑っている「われ」こそがすべての源だ、「われ思うゆえにわれあり」だとして「自我」を発見した。そして、その「自我」の発見が主語の誕生につながったというわけである。デカルトの「われ思うゆえにわれあり」は、中世スコラ哲学でトマス・アキナスが述べていた「われありゆえにわれ思う」を反転させたものだった。それは、人間の言葉による思考(われ思う)を人間の存在(われあり)に優先させるものだった。そのように言葉をすべてに優先させる考え方は、ヨハネの福音書に述べられていた。それによると「初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった」「万物は言葉によって成った」のだった。デカルトは、そのような言葉で「われ思う」ことによって人間(われ)を認識したのだが、それは言葉によって人間だけでなく世界も認識するようになったことを意味していた。それまで人間は自然物と並列にいる「地上の視点」で世界を認識していたのが「神の視点」で世界を認識するようになったのだ*10。その結果、それまで自然の中にいて「ここは、どこですか(where is here)」と言っていたのが「私はどこにいますか」(Where am I)と言うようになって主語が誕生した*11。そして、それまで、人間と同じ平面にある自然という無限定な環境を前提に、その環境と調和的に日々の生活をしていた人間が、人間の頭脳が創り出した言葉によって抽象化した環境を前提に、コントロールされた条件の下での実験によって科学技術を発展させ、自然をもコントロールするようになっていったのである。ちなみに筆者は、カントの観念論哲学もデカルトが始めた言葉による世界認識の一環だと考えている。カントは、道徳法則を万有引力の法則などの自然法則と同じレベルでとらえていたという。「神の視点」で世界を認識するようになって、人間の道徳法則も自然の物理法則と同じように言葉で解明出来るはずだと考えたというわけである。言葉による思索をすべてに優先させるデカルトの考え方は、なにものにも縛られないということで、その後の実存主義哲学の誕生にもつながっていったと考えられよう。
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