ファイナンス 2024年8月号 No.705
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ファイナンス 2024 Aug. 65PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 34 てこない、ユニコーン企業が育ってこない。不採算部門に経営資源が張り付いてしまい国内全体でリソースのアロケーションがうまくいっていないのが大きな問題だと考えています。ここでボトルネックになっているのが労働市場だと思います。日本の労働市場は流動性に欠いていて、企業はなかなか自分たちの従業員のスキルの範囲内でしか新しいビジネスに取り組めないという側面もおそらくあるのではないかと思います。戸村肇 早稲田大学政治経済学術院教授財政赤字が増える結果として銀行預金が増えるという指摘があり、実は決済システムの理解としてこれは正しいという解説から私の報告は始まっています。それでは国債をどんどん出して問題ないのかと言うとそうではないという解説が続きます。国債が出ると預貯金は増える。ただ預貯金というのは家計の総資産の一部なので、家計の総資産は超えられません。総資産自体は対GDPで見ると横ばいですので、現状のように国債残高対GDP比がどんどん増えている状況が続くと、いつか国内消化の上限に達するという解説を決済システムの仕組みを踏まえてしています。国債の国内消化をしなくても問題ない国は基軸通貨国であるアメリカだけなので、日本も海外消化が必須になるような場合では、日本経済は途上国経済のように不安定化するという解説をしています。「政府の赤字は皆の黒字」という財政拡張のスローガンになぞらえますと、この「皆」は世界の皆です。政府の赤字で「皆」の黒字は作れますが、それは世界の皆が黒字になるということで、日本全体としては慢性的な経常赤字国になる。ひいては途上国のようになると言い換えることもできます。追加の論点として指摘したのは、インフレが起きるまで財政赤字を拡大していいという議論についてです。実はインフレが起きる代わりに輸入が増えて慢性的な経常赤字国になる可能性もあるので、インフレが起きるまで大丈夫と言っていると、やはり日本が途上国化してしまうことになるという解説をしております。日本は今、財政赤字からのキャッシュフローがメインの社会になっているわけですが、これを民間の借り入れからのキャッシュフローが循環していく社会に転換し、民間のキャッシュフローが日本の家計や企業の間でぐるぐる巡回する好循環を実現することが、足元の課題だと思っています。松林洋一 神戸大学大学院経済学研究科教授対外的な資金循環とマクロ経済の関係について報告しました。対外直接投資は拡大しているが収益は国内に還流しない。また対内直接投資はなかなか増えない。経済的な合理性に基づけば資金は収益の高い方に流れますので、資金循環としては、現在の動きというのは自然の流れなのかもしれません。したがってこうした対外的・対内的な投資、資金循環の流れの中でいかに国内成長を伸ばしていくかという課題は非常に難しいと思います。しかし、この研究会を通じて、実はその解決の糸口はないわけではないと感じました。ポイントは「時間をかけてじっくりと日本企業が真の意味でグローバル企業に進化していくこと」という点ではないかと考えます。具体的には、まず対外直接投資と国内成長についての関係です。対外直接投資の収益がなかなか国内に還流されず再投資されている。しかし、現地での増産増益には結びついていますので、それがその企業のいわば企業価値、会計上でいうと連結ベースの時価総額に的確に反映されるならば、実はグローバル企業全体としての価値が上昇しますので、それは国内設備投資の増加に結びつく可能性も十分あり得るだろうと考えます。ただし、その際には、いくつかの条件がありますし、今の現在の日本企業においては少しまだそこまでは至らない可能性もあります。中長期的に企業価値を上昇させていくためには、やはり企業自体がよりグローバル企業としての組織運営体に仕組みを変えていく、本社と海外子会社の関係の再構築のようなものが重要になってくると考えます。例えば、本社と海外子会社の運営は個別最適で、親会社と海外子会社を横串に刺すような全体最適を目指す経営システムにまで至っていないかもしれません。これを目指すには時間がかかります。この時間がかかることを丁寧に時間をかけて構築していくことによって、実は海外直接投

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