ファイナンス 2024年8月号 No.705
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余剰の減少をもたらすと思います。資金循環と経済活性化というところに関しては、現時点の経済活動だけを考えると、消費が膨らんだ方がよいため、貯蓄や資金余剰は減ったほうがよいとなりますし、将来の経済成長を考えると、今ある資金余剰をいかに将来の資本ストック形成に活かすかが大切だと思います。それから、仮にこれだけ大きな家計の資金余剰が縮小するとしたら、どのようなケースがありえるのでしょうか。家計の資金余剰が減る反面で、政府の資金不足が減るケースを考えると、財政の資金不足の背景には、高齢化に伴う社会保障費の増加があるわけですから、社会保障の給付と負担のバランスが変化し、家計の負担が増える場合というのがあり得るかもしれません。しかしそれに国民が合意できるかは、なかなか難しく、負担増を受け入れるためには、家計の所得形成が盤石である必要があると考えます。この話は今後こうあるべきとか、こうなっていくだろうという話ではなくて、仮に資金余剰が変化するとしたらこういうストーリーが考えられるという話になります。佐々木百合 明治学院大学経済学部教授研究会ではこれまで行った2つの研究をアップデートして報告しました。1つ目が、日本全体を100ぐらいの産業に分けて、産業ごとに価格の影響、為替の影響、所得の影響をそれぞれ弾力性という形で輸出と輸入について見たものです。結果としては、リーマンショック後の2010年ぐらいを境に、若干構造変化が見られるということでした。今後、国内外の所得が同じように増えると仮定すると、輸入の方が増えがちで、どちらかというと貿易収支に関しては緩やかに赤字へ進んでいく可能性が見えました。2つ目が、特に為替相場の影響を取り出して、日本の輸入価格や日本のCPIに最終的に為替相場の影響がどのように出るのか測ってみました。為替相場が1%円安になると、0.02%ぐらいコアCPIが上がるという結果でした。要するに影響があるけれど、ものすごい大きいわけではない。ただ為替相場は非常に大きく動くときがありますから、累積すればある程度は大きくなります。研究会全体の感想ですが、経済学的に見て、なぜ日本が円安・物価安なのに、いろいろなモノが売れなかったのかというのが1つのキーワードかなと思っています。例えば労働が非常に安いのであればもっと海外に行けばいいとなります。なぜ行かなかったのか。情報がなかったとか、海外に行くよりは日本の方が快適に生活できるなど、いろいろな背景があると思います。円安は国内への直接投資とも関係があって、本来なら、外国が日本に支出することで、海外で得られないような安くていい労働・土地・環境を取得できるはずなのになぜ少ないのか考えると、文化、言語の問題のほか、いろいろな手数料といった問題があると思います。さらに、モノは安くて売れていますが、付加価値の高いサービスの輸出はそこまで増えていません。なぜそこが育っていないのかを考えて改善していくことが、日本の成長に繋がっていく鍵になると研究会を通じて考えました。田中賢治 帝京大学経済学部教授経済成長の観点からどのような資金循環が良いのかというと、企業が新しいビジネスに取り組み、投資を行い資金が流れていくのが望ましい形だろうと思います。しかし日本では1990年代の後半から企業部門が資金余剰になっている状況です。資金余剰・貯蓄超過ということはやはり投資がそこそこにしか行われていないということです。ではなぜ企業は国内でそこそこにしか投資を行わないのでしょうか。一番大きな要因には、日本経済の成長期待が弱いという点があると考えています。国全体で内需が弱い、だから儲からない国内で投資をするよりも、資金を海外に回して海外投資で儲けようというのが今の企業の姿になっていると思います。これは企業部門から見ると合理的な判断なのかもしれませんが、これだと日本経済が成長しないことになってしまいます。今世の中は大きなテクノロジーの変化があって、そのテクノロジーの変化の波に乗って、新しいビジネスをどんどん起こしていくことが企業に求められますがどうもそこが弱い。これは成長期待の弱さだけではなく、新陳代謝が弱いことも関係していると考えています。新しいビジネスを行うベンチャー企業が出 64 ファイナンス 2024 Aug.

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