ファイナンス 2024年8月号 No.705
60/82

研究観測は、中期計画を2、3回繰り返して集中的に行う重点研究観測や、CO2の濃度測定のような継続して監視していく必要がある基本観測、さらに萌芽観測という、大きな課題に発展する前のチャレンジングな観測など、さまざまな課題が進められています。の実態解明SCARの重要課題に応える日本の南極地域観測について、いくつかご紹介します。東南極地域にトッテン氷河というところがあります。これは日本の観測チームが見つけた、東南極で非常に活発に大陸氷床が融解しているエリアです。このトッテン氷河周辺の氷床は、海氷によって蓋がされている状態で、現在、大量に淡水が融解しているわけではありません。もしこの海氷が取り除かれてしまうと、大量の淡水が海へと流れ出す可能性があります。トッテン氷床の背後に存在する氷床の淡水の量は、全球の海面を4m上昇させるほどと推測されています。これがトッテン氷河の特徴です。私たち日本の観測隊は、今年もトッテン氷河沖の集中観測を海洋観測の柱としています。というのも、実は「氷床を融解しているのは海かもしれない」可能性があるからです。トッテン氷河の氷床というのは棚氷という形で、海にせり出しています。そして、極方向に流れる沖合の温かい海水がこの棚氷の下部を舐めるように流れており、この流れがトッテン氷河の氷の底面融解を加速している可能性がある、ということが日本の南極地域観測隊のデータから分かってきました。この沖合の温かい海水が本当に直接的に棚氷まで存在しているのか確認しなければなりません。そして大量の淡水が海洋に流れ出すと、当然栄養環境は変化し、生息している生物も大きく変わるでしょう。生態系にも影響を及ぼすこの淡水の状況や、どのようなメカニズムで氷が融解していくのかなど、氷床、海洋、物質循環、生態系の面から統合的に解析、観測していくことが非常に重要であり、これら海洋観測が私たち第66次観測隊の主要なミッションとなっているのです。4.重点研究観測:その1(1) 東南極の氷床・海水・海洋相互作用と物質循環(2)大気・海洋気候システムのメカニズム解明氷床と海洋の相互作用には大気も非常に大きく関わっています。そのため、搭載している大気レーダーを用いて風や大気の循環の状況を明らかにし、海洋と大気の相互作用についての研究も重点観測の一部として行っています。SCARの重点課題に応えるもう1つのプロジェクトは、内陸にあるドームふじ観測拠点にて、過去100万年に遡る柱状の氷床サンプルを取るというものです。南極大陸の真ん中の方に行って氷床サンプルを採取してくるため、10人ぐらいのパーティーが「内陸ドーム旅行隊」として雪上車で目的地に向かいます。晴れた日は問題ないのですが、天気が悪くなると、ほとんど視界が及ばず、トイレに行くにも赤いロープだけが唯一の頼りという命がけの状況になるのです。現在、最も古い氷床サンプルは、ドームC基地で採取された約80万年前のものです。このプロジェクトの目標は、これを超える年代の氷床サンプルを採取することです。(2)なぜ100万年前まで■る必要?なぜ100万年前まで遡る必要があるのか、という疑問があるかもしれませんが、実は理由があります。「スーパー間氷期」の存在を確認するためです。現在の温暖期は、40万年に1回起こる「スーパー間氷期」である可能性が指摘されています。間氷期は通常、せいぜい1万年程度しか続かず、現在の間氷期はスタートしてから既に1万年経っています。そのため、いつ氷期に入っていってもおかしくないタイミングです。しかし、40万年に1度の「スーパー間氷期」だと、間氷期が約2~3万年続くことになります。このことは我々が温暖化対策をしっかり行うべきことを示しています。この仮説が本当に正しいのかを確認するためには、現在の氷床サンプルで、40万年前の1回だけ確認できた「スーパー間氷期」を再現するだけでは不十分なのです。100万年前まで遡って、もうひとつのサイクルが確実に存在することが確認できれば、現在が5.重点研究観測:その2(1)100万年を超える柱状氷床サンプルの採取 56 ファイナンス 2024 Aug.

元のページ  ../index.html#60

このブックを見る