ファイナンス 2024年7月号 No.704
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2.「投げやりなニヒリズム」の2020年代二年と少し前にウクライナ戦争が始まり、「ユーラシア」をどう理解するかへの関心が高まっています。また平成の後半からのブームもあり、どの書店でも「地政学」を掲げる本が平積みです。しかし、どの本をめくっても内容はほぼ同じです。19世紀生まれのマハン提督(米)やマッキンダー(英)の概念を使いまわして、「ランドパワー対シーパワー」とお決まりの話をするばかり。そうした「大昔の英米の視点」に沿って世界を捉えるだけで、本当に現在起きている変化が理解できるのでしょうか? むしろ地政学を言うのであれば、欧米の知見を踏まえつつも「『日本』という場所からはこう見える」という視角を意識していくことが、より重要ではないでしょうか。いまという時代を捉えるとき、直近の前史に当たるのが2010年代です。当時はまだ、今日振り返ると意外なほどに楽観主義、オプティミズムの論調があらゆる分野を席巻していました。2011年の前後から、海外では「アラブの春」や「Occupy Wall Street」、国内では脱原発デモの潮流はじめに本日はご多忙の中お集まりくださり恐縮です。またWEBで参加されている方も多くいらっしゃるということで、感謝申し上げます。私たちはいま、どんな時代を生きているか?1.「空虚な楽観」の2010年代が台頭します。「民衆の力を結集し、みんなで立ち上がれば、世の中は良くなる」といった、素朴なデモクラシーへの信仰が高まりました。それが収束した10年代の後半には、「AIとロボットに任せれば上手くいく」という発想が人気になります。社会問題は技術の進歩で解決できるとするテクノロジー信仰です。同時に流行したのが「国債はいくらでも発行でき、財源は無限にある」と唱えるMMTの経済論。立場こそ多様であれ、あらゆる人が楽観的なことを語り、「問題は解決できる、というかすでに解決している」といった言論ばかりが注目を集めました。ところが20年代の頭に新型コロナウイルス禍に襲われると、世相が一挙に暗転します。10年代の楽観論には「根拠がなかったのでは?」と疑う空気が広がり、180度逆の極論へと偏っていきました。「どうせ世の中はダメだから、どうだっていい。自分さえ愉しければいい」とする、露悪趣味で攻撃的なニヒリズムが主流になります。たとえば「AIが人間を抜くことはない」と多くの学者が論証しているのに、いつまでも「人間はAIに抜かれる」という話に固執する人がいる。彼らは実は、AIが好きなのでもなんでもなく、「人間に価値なんてない、だから他の人に共感せず無視していい」と言いたいだけなんですね。2022年から続くウクライナ戦争でも、近日はウクライナの敗色が濃くなり、「結局は力がある方が勝つのだ。正義や民主主義なんて関係ない」といったシニシズムが高まり始めています。 56 ファイナンス 2024 Jul.講師演題與那覇 潤與那覇 潤 氏 氏(評論家)(評論家)「ユーラシア時代」の 「ユーラシア時代」の 日本文明論日本文明論令和6年4月9日(火)開催令和6年度職員トップセミナー

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