ファイナンス 2024年7月号 No.704
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FINANCE LIBRARY*1) 財務総合政策研究所客員研究員*2) 計数のうち、特に教育と福祉は受益者の人数に比例的に増減しやすい計数である。子どもが少なれければ、地方の教育支出は減り、高齢者が多ければ、福祉費は増加するかもしれない。この点をクリアするには、例えば、生徒ひとり当たりの教育支出や高齢者ひとり当たりの福祉費でみることが一案である。本書では、日米の教育については、生徒ひとりあたりの計数を用いて、本評本文に紹介した発見の頑健性を検証し、ポジティブな結果を得ている(pp.101-103, 126-128)。育が減り、福祉の増をもたらしていた*2。他方、アメリカでは、操作変数法によると、すべての政策分野でシルバー民主主義の想定通りの結果を得たわけではなかった。本書は、この日米間の違いの理由を、地域間移動の活発さの違いに求めている(アメリカでは、若者だけでなく、壮年・高齢期にも多くの者が越境移動する)。すなわち、日本では選挙での投票により政策の選好が表示されている。一方、アメリカでは、足による投票によって、政策の選好が示されている。アメリカでは、高齢者がインフラ投資の少ない地方に移動し、福祉支出の多い地方に移動していたという(教育については、操作変数法で、シルバー民主主義の想定する関係が出ている)。高齢化が長期的な成長を阻害しないようにする必要があるとの問題意識から、本書は、今後の地方分権のあり方を論じている。民主主義では多数派に政策運営が委ねられる。少数派が「多数の専制」による収奪から逃れるためには、有権者が強い地方分権のもとで足による投票を行うことで、政策選好の近い者同士が集まって住むことが望ましいと本書は指摘する。都市に若者が住み、一定の政治的影響力を保ってきたことを、若者の声を地方の政治に届け、成長に資する政策を促すために必要なことだったかもしれないとポジティブに評価する。そして、本書は、若者と高齢者の住みわけが実現すれば、すべての地域で高齢者の利益が優先され、経済成長が阻害される可能性を小さくできると説くのである。ヨーロッパ中世には、「都市の空気は自由にする(Stadtluft macht frei)」という格言があった。都市 48 ファイナンス 2024 Jul.「都市の空気は自由にする」*1評者廣光 俊昭*1年を取るほど余生が短くなるのは避けられない。高齢者が、便益を長期に渡って生み出す行政サービスから直接裨益する機会は小さくなる。このため、社会全体の高齢化が進むにつれ、便益を長期的に生むサービスを求める有権者は減り、直ちに便益をもたらすサービスばかりが求められるようになる。長期のサービスの例としては、インフラ投資や教育(人的資本への投資)、短期のサービスには福祉サービスが挙げられる。この事態を「シルバー民主主義」という。本書は、このシルバー民主主義について、日本とアメリカのデータを用いて、その実際の解明を試みている。とりわけ、地方(県、州)レベルのデータを用い、地方団体間の比較により、「足による投票」(Tiebout,1956),といわれる地方分権論の理論と結び付けることで、高齢社会における地方分権のあり方にまで議論のすそ野を広げたことに特徴がある。ただ、各地方の人口構成と行政サービスへの歳出の間には、1)人口構成が行政サービスに与える影響だけなく、2)好みの行政サービスを提供する地方に人々が移動するという、足による投票という逆方向の影響もありうる。この足による投票の影響を制御して、人口構成が行政サービスに与える影響のみをみるために、本書では操作変数法という計量経済学の手法を用いている。本書の発見は多岐にわたるが、その主要なものは次の通りである。日本においては、操作変数法による分析から、シルバー民主主義の想定する通り、高齢化した地方では、(ひとりあたり。以下同)インフラと教寺井 公子/アミハイ・グレーザー/宮里 尚三 著高齢化の経済学地方分権はシルバー民主主義を超えられるか有斐閣 2023年12月 定価 本体4,000円+税

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